かつて惨たらしく裁断した灰だらけの想い人。ごめんなさい。何を犠牲にしたってこの手で守りたい、唆された本音にやっと頷くことが出来た、けれど───縫い合わせたそばから解れていくであろうズタボロの心へ指先でも触れる勇気は少しとしてなく、今更傍に居たいだなんて誰も許してくれない様な気がした。

思いやって差し出したガーゼすら道化色で捺染され、ビビを蒼く蒼く染めてしまう。悲しい涙の蒼に。冒した罪は過去の事、もう戻せない。どんなに悔いてもどんなに懺悔したとしても。

それを受け止めた上で、想いたい。一緒にいたい。

許してくれなくていい。信じてくれなくていい。一生振り向いてくれなくたっていい。ただ、手放せない恋に気付いてしまったこの心だけは、どうか許して。





横殴りの雨は街灯すらない路地に更なる暗幕を落とし、目を凝らしてやっと見える銀髪は小さい歩幅でただ真っ直ぐ進む。背後の屋上に会いたいウタが辿り着いたと知りもしないで、よたよたと歩いては無様にベシャリと転んだ。

自宅からそう離れてはいない場所なのにぐるりと一周探し回るハメになり、まるで見えない誰かに邪魔をされているみたい。脱走を許したタイミングといい、勘が役立たない今といい、望む様にすんなり事は運ばない。

───ほら、また。その先、角を曲がった広場へと向けた視線が捉える二羽の白鳩。L字型の道はビビと白鳩とを道なりで結び付け、どうにかしてウタから遠ざけようと算段を立てる。

連れ戻すか、送り出すか、これが最後の問答。でももう、考える必要はない。選べる道なんてひとつしかないから。

白鳩を殺してビビを攫う。

これだけ。今日に限って便利なカチューシャはなく、耳に引っ掛けただけの横髪は重たく落ちてビビの姿を遮ってしまう。かき上げて開けた視界の中、起き上がろうとしたその身が、また力なく水溜りに伏せた。

「っ、」

助けなくちゃ。いつでも殺せる白鳩なんかより、まずはこの灰色を。一歩を踏み出し飛び降りたウタにビビは気付けず、また体を起こしてぺたりと座り込む。

それでも体勢を維持していられずに再度伏せようと前のめる体を、ようやっとウタの腕は支える事ができた。触れられず、触れられず、何度も彷徨っていたウタの腕が、やっと。

「…?」

傷がつかない様少しも痛まない様、ぎゅうと後ろから抱き込んだビビは何が起きたのか分からない様子で一瞬だけ怯えを見せる。一瞬だけ。

「やっとつかまえた…ごめんね、逃がしてあげらんない」

くんくん、ビビの効かせた鼻は探し求めた匂いを捉え、耳元から聞こえた声も確かにウタの声。確かめる様にぎこちない動作で振り返ったビビの目に、帰ってきてと願った姿が確かにあった。怯える必要なんてどこにもない。

やっと得られた安心。ひとりはさみしくて、ずっと待っていた。おかえりなさい。

じわじわと溢れる涙は雨に流されて水溜りへと落ち、無理矢理にモゾモゾと向き直ったビビが暖をとるようにぺたりと胸に凭れかかった。すんすん、安心の匂い。タオルケットと同じ、安心の。

擦り寄るビビの背をもう一度、ぎゅっと抱き込む。

「さっき決めたんだ。どんなカタチだとしても、…ビビちゃんと一緒にいようって。イヤかもしれないけど…知らないよ、そんなの。ぼくはワガママだから…ごめんね」

どんなカタチでも。どんな関係でも。一方的に渡されるその話を聞いているのかいないのか、聞いていたとしても理解が追いつかないだろうビビはひたすらに額を胸に押し付けてくる。なんの言葉も返してくれない。でも、これでいい。これがビビだから、これでいい。ビビだったならなんだっていい。温かい。

支えて上向かせた頬にひっきりなしに滑る雨が涙の様で、何度も何度も親指で拭った。触れる素肌に胸が照れて、ああ好きだなあと自然に浮かぶ言葉に胸がほわっと膨らむ。

たくさん考えたムダな日々も、胸の疼きも、空咳も、全てビビを好きな気持ちを一生懸命に知らせていた。はやく気付いて、はやく認めて、と。

擦り合わせたビビの鼻先も掌に感じる熱い頬も、全てが恋の背中を押す。ほんの少し顔を傾けただけで触れてしまうであろう唇がどうしようもなく欲しくて、欲のままにその頬を引き寄せてしまう。

今まで重ねた罪はたくさんある、ならばキスの1つや2つで罪の層が増えたとしても、大して変わりはしないだろう。どうせ許して貰おうなんて思っていない。

様子を窺う様に軽く掠った上唇。何も知らないビビはやはり抵抗などせずにウタの胸に手を置いて安心を得るばかりで、キスがなんたるかをまるで理解していないよう。分からないままでいいよ、と。緩く啄ばんでから自分勝手にビビの頭を引き寄せた。

想像した様に柔らかい唇はふっくらと熱く、押し付けただけでじんわりと身をも焦がす。やっぱり好き。温かい。また意図せず浮かぶ恋心に急かされたのか、割り入りたいと疼く舌。なんとかガマンをして、名残惜しい音と共にすぐ唇を離した。

「?」

「ね、ワガママでしょ?……いつか怒ってね、こんなぼくのこと」

色々なモノを知って、キスの意味も知って、言葉の意味も知って、そして誰か好きな男の子が出来たとき。過去に冒した全てを責めて欲しいと願う。覚えた言葉で。ビビ自身の言葉で。

そうして誰かのモノになったなら、もうこの唇には二度と触れられなくなってしまう。だから───親指でなぞった唇にもう一度だけ、もう一度だけキスをして、出会ったあの日の様にレザーのジャケットをビビへと被せた。

押さえててね、従順に従うビビの白い手、たくさんの雨粒がするすると滑り落ちてやはり綺麗に思う。葉っぱや小石が絡まるゴワゴワの髪も、ボロボロで糸が解れている洋服も、それでも、何よりも、誰よりも。ウタにとってはとても綺麗に映る。


やっとウタとビビの姿を視認した白鳩。ビビを保護出来る立場にある保健所の人間達。

もうこの子は返せない。顔無しの不思議なマスクをビビのお顔へ押し付け、そうして自分の気持ちと頷き合う様に、ウタは白鳩へとその素顔を向けた。ビビの前でこの二人を殺す。喰種とはこういうもの、そしてこれがウタという喰種。無知なビビも知る必要があり、ウタにとっては意味のない問答との決別となる。

薬指で熱の残る唇をなぞるウタ。

手放す別れ道に手を振って、ふたり一緒の一本道を選んだ。


道化色は涙


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