もっちもっちもっち。
ビビのお口が宇宙人の肉を喰む。

もっちもっちもっち。
それはもう幸せそうに。

「こんなにあっても喰べきれないよね…どうしよっか」

「はべる。」

「えー。どこに詰め込むの?ほっぺはもう限界にみえるけど」

HySy宅の冷蔵庫にあふれ返るお肉、お肉、お肉、

お肉。

ウタが連れて来た宇宙人の死体とはまた別の肉たち。なんだってこんなに沢山あるのかと言うと、ぜーんぶ酔っ払い四方蓮示が持ってきたものだ。

順を追うのなら、廃棄済みの昨日。ビビがでてしまった一本のお電話から始まる。


「……もしもしって。ビビ…でちゃった。」
「…え。繋がってるの?それ」
2人が唇を寄せてはむはむ遊んでいる間、通話中のままビビの胸に押し付けられていたウタのスマートフォン。引き継ぎまで長らく待たせる形になったわけで、普段の四方ならば早々に“またビビの悪戯か”と勘付き掛け直すなり時を改めるなりしただろう。が、昨日は違った。

まだ繋がっていたそれに「ごめんね蓮示くん、寝ぼけてた」と何食わぬ声で謝ったウタへ返ってきたのは、長ったらしいお説教。面倒くさいことに、四方は酔っていたのだ。

息継ぎもそこそこ話し続ける四方へ「今さ、ちょっと忙しいから…後でいい?」3回は言った。しかし勿論、酔っ払いに聞き入れてもらえるわけがない上、どうやら四方が来るらしいぞと察したビビは

「蓮ちゃんげんきて?言ってる?」「蓮示ビビの…おやつ持ってきて言って。…へふ、」「ウーちゃ、ビビ…くひゃみ、っふ…おやつって…っきゃふ!」へふへふした声でここぞとばかりにアピールするものだから、四方蓮示は本当に来てしまった。

それも、大きなボックスに大量のお肉を詰めて。この青いボックスにはいつも嫌いな人肉が入っている為、おやつへの期待が吹っ飛んだビビの不安そうな顔ったらもう。

蓋を開けてみればお肉は火を通され宇宙人にされていたし、綺麗にパッキングされていたし、イトリからのお手紙も入っていたし、ビビもおやつを忘れて大喜びだったけれど。

そうして大量のお肉と、酔った勢いで買ってきたらしい花束と、イトリからのお手紙がHySyに届いたというわけだ。面白がってか、ウタもお酒でやらかしたから道連れか、HySyに来てからもしこたま飲まされていた四方は今頃二日酔いで唸っている事だろう。


「好きだね、宇宙人のお肉。…美味しい?」

「うん。」

「それなら人間も喰べられるんじゃない?」

「や。」

「どうしても?」

「うん。」

もっちもっちもっち。
肉塊を大事に掴んでいるビビが相変わらず肉を喰む。宇宙人のお肉は変な色だけれど、ホクホクで、すぐに身が解れて、とても美味しい。

――ああそう、ちなみに。地下で転がっていた宇宙人の死骸は帰り際の四方へと託した。地下にいるコはお礼だよ、とは言ったが、まぁお掃除を押し付けただけ。あれだけ酔っ払っていても流石にヘマはしない様で、死骸はきちんとバラしてから持って帰ったとみえた。片時もビビのそばを離れなかったから、実際に見てはいない。ただ、大きなニュースになっていないという事は、そういうこと。

毎日食事を楽しむ人間と違い真っ当な理由で使うことのないキッチン。むしろその人間をどうにかする場であるここは暗い色調も相俟って誰から見ても重苦しい。それでも、仲良く戯れる二人はお互いさえ居ればどこでだって温かい。地下に死体が転がっていても好きだの何だのやれるくらいだから、解体の記憶がある程度のキッチンでは薄ら寒さなど感じないのも当然だろう。その人間だって結局は喰べてしまう。

艶めいた黒がライトを反射するバーカウンターに腰掛け、足をブラブラさせるビビは元気そうで、もうこれ以上詰め込めないほどに張ったほっぺたをウタの親指が撫でた。

ぐにぐにと伝わる肉の弾力もそうだが、ビビという喰種は全体的にもっちりしていて美味しそうで、べろりと舐め上げた頬の丸みは詰められたお肉の旨味まで感じるよう。思い出すのは“なんとかの肉詰め”という人間のご飯で、確か緑色をした不思議な食べ物だった。幸せに味わえる舌を持たない喰種には、関係のない話。

忙しく咀嚼をしながらジ、と見つめてくるお目目は大きく、食事に夢中でありながらもウタの目を逸らさず見つめている。

「イトリ会える?」

「このまま元気ならね」

「あした?」

「明日は無理かなあ。せめて一週間くらい?」

「ん。」

頬を包まれたままこくん、と頷くビビはいい子で、止まるお喋りにややしてまたお肉を喰べ始めた。まあるいほっぺたは欲張りに膨れている癖に、お上品を気取った口元はちまちまと食を進め、そうしていつだったか花の肉を喰んでいた時と同じタイミングでウタの目を窺う。かつてと違いをあげるとすれば、窺う目にはもう恐怖の潤みはない。

異国の喰種らしい目はビビの好きなどんぐりに似てくりくりしていて、灰色の睫毛に海を覗いた様な瞳が何年経った今でも不思議に綺麗だ。ぱちり、ぱちり、と不自然な瞬きまでもが変わらず、生きている事が、瞬きをしている事が、不自然で不思議。あの時もそうだったけれど、ガラスケースにでも納めてしまえば出来の良い人形にしか見えない。

小ぶりながらもツンと高い鼻、ふっくらと赤い唇、赤みが少なくただ白紙に白い頬。

好き合う者はどこかしら似るという言葉もあながち嘘ではないのか、ウタに似て眉頭だけにもっさり乗った麻呂眉を親指で撫でながら、繊細な睫毛の扇1本まで愛しく眺めた。

「ビビだけじゃないけどさ、色素が薄いコって眉無しに見えるよね」

「なに?」

人間でもそうだが毛色が薄いとどうしても主張が小さく、一見してはただの眉なし。眉なしと言えばイカツイ。ビビは前髪があるから眉なしが目立たないだけで、アップにしたら…ひょっとしてキツめな顔立ちに見えるかも?

少し気になってやってみた。

「?」

やっぱりビビだった。浮かぶハテナから滲み出るマヌケ感はどう見てもビビ。眉毛でどうにかなるものではなかったようだ。

指先から滑り、もさっと落ちる前髪は重く柔らかく、喰種でありながらこんなに優しい目をしている事を思えば「そんなもんだよね」と笑えてしまい、乱れた前髪を横に流してまあるいおでこに口付けた。どんぐりお目目の上にちょこん、と乗っかった麻呂眉をもう一度親指で苛めると、目を細めるビビはされるがままに首をゆらゆらさせていて、それもまたマヌケ。

ぐりぐりもさもさと虐めてくる親指をマッサージか何かと勘違いしているらしく、おっとりゆったりと瞬いた睫毛は心地好さそう。くるんと反った灰色はまさに扇。

「お口、とまってるよ」

「…ん。」

もっちもっちもっち、始まる咀嚼を見て思う。ビビが何かを喰べる姿は好きだ。おやつでも、ご飯でも。瞬きと同じ様に、現実とは思えないほど不自然だから。

例えば今、咀嚼と共にむにょむにょ動いている唇は柔らかそう。親指でぷにっと圧してみると実際に柔らかい。

しかし、これが人形だったらどうだろう。ふっくら艶のある唇は柔らかそう。でも、圧した唇は反して硬いはずだ。

人形の唇が柔らかかったら不自然であり、ましてや食事をしているなんて触れるまでもなく不自然。今でもビビを人形扱いしているわけでは決してないけれど、この容姿を綺麗だと思う心は何一つ変わらない。生を感じず、通り越して死を連想させる淡い色合い、整い過ぎた顔立ち。

連なる、不自然な瞬き。前途した様に人形と同じ扱いをする訳ではない。しかし、例えるなら。

例えるなら、人形や死体といった、動いてはいけない、決して動かないモノが、
ぱちぱちと瞬きをした。
微笑みかけた。
指の先を揺らした。
もう一つ瞬いた。

そんな不自然さに、よくよく似ている。それだけの話。それだけ。

少しの恐怖もあるかもしれない。人間は髪の伸びる人形、頷く人形を供養と称して焼き払うそうだから。――なんて、ウタの様な男は人形が笑おうがナイフ片手に飛びかかって来ようが楽しんで終わりだろうが。

「綺麗だけど、まぬけ」

「うん。」

「……たまには怒ったらいいのに」

「?」

ぱちり、瞬く扇。

覗けば貝殻でも転がっていそうな瞳だと言った。ウタと同じ距離で見つめ合えるイトリの言葉だ。

ビビを苦しめた海には例えたくないと心にあっても、その言葉の通りビビの瞳は何度見ても何年経っても凪いだ風の海。貝殻が落ちて、ヘレナが沈んで、灰色がゆったりと瞬く海。きっと、誰かの灰も沈んでいる。

ちゅう、目元に口付けた唇を瞬きの睫毛が撫で、擽ったさを感じる一瞬。ピアスの冷んやりとしたそれが鼻筋を辿り、鼻先を噛み、そしておでこにスタンプしても、マイペースにご飯を喰べるビビの邪魔にはならない様で、太った頬袋での愛しい頬擦りを受けた。バカにされた事への怒りは少しもみえない。

ウタに構われながらも半ば無理矢理詰め込まれた最後のお肉。一層大きくなる頬袋。

肉塊と一言で言っても結構な大きさがあったのだけれど、驚くことにビビはぺろりと平らげてしまった。まだほっぺにたくさん詰まっているのに、ビビの手はもう新しいお肉を掴んでいる。隠しもしない喰い意地や越冬まで保たない頬袋は本当に本当にマヌケで、可愛くて、ついついパッケージを破くお手伝いをしてしまって。

こんな風に、怖いほどの容姿をしていても本人がこれな為どうしたって格好良く決まらない。でもそんなとこも好き、と可愛がるウタの所為でマヌケ毛玉のビビがキリッとした大人になる日は地平線よりも遠く、今日もまた、甘やかされるだけの一日を無事に終えた。

もっちもっちもっち、
世界一幸せな喰種ビビは、まだまだご飯を喰む。


肉族の大量占拠


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