――気にするほどではないですよ、ないですけれど……少し肥満ですね


残酷な言葉だろう。ウタの毛玉が掛かり付け医から賜ったお言葉だ。

診察の時になってもお肉を放さず、まるで草を食む羊と同じくゆったりとお口を動かしてるビビへ、医師の女性はさぞ言いにくそうに、そして心から気遣う様に“肥満”を歌った。彼女の性格が滲み出る優しい穂先の口調で。

「ビビ太ったって」「なに?」「デブ猫ってこと」「やった?」「やったね」なんて喜んではいたけれど、最近の生活を振り返れば納得せざるを得ない。今日なんて少し連れ出せば洋服に手を入れもぞもぞしているため、何してるのかなと覗いてみたら、収まり切らずハミ出てしまった乳を一生懸命カップに詰め直している始末。襟口を引っ張って覗き込むウタをそのままに、緩慢なお手手でせっせせっせと。

あれだけ食事を嫌がっていたビビを思えば多少肥え太るのは褒められる事だろうが、数キロ太っただけで足を壊している様ではこのまま暴食を許すわけにはいかない。足を壊している様では。

――言葉の通り、ビビは足を壊してしまったのだ。

マスクを構っていたウタも顔を上げる程べしゃりと音立てて転び、投げ出された足はそのまま起き上がれなくなってしまった。手を貸して抱き起こしても自力で立ち上がる事が出来ず、ウタが支えて立ち上がらせても、その右足はまるで怪我を負った猫の様に軽く持ち上げられ、力無い足首がぷらりと揺れるばかり。転がってしまったお肉を取りに行く事すら出来ず、ただ力なく。

元々足が弱いのは度が過ぎた近親交配が齎す先天的な障害であり、酷く体調を崩した後であればこうなる事も珍しくはない。だが今回は発熱どころか症状が荒れる事なく治りを迎えた為、変なタイミングで足が可笑しくなったと訝しんだウタが穂先の元へとビビを連れて行った。

風邪はもう治っていたのに今更医師を頼った経緯は此処にあり、ついでの結果として、肥満という残酷な言葉を突き付けられる機会を得たというわけだ。

6回目を迎えた元気の日、OPENがやっと表を向いたHySyでの出来事。


「ごはん…。」

――少し肥満ですね。
確かに、確かに医師の性格が滲み出る優しい口調であったが、しかし、糸を解いてみれば「申し訳ありませんがダイエットをしなさい」と突き付けられたわけで。

ビビは今、辛い辛い食事制限を余儀なくされている。“やった”、なんて喜んではいたけれど、ここにきて漸く事の重大さを理解したらしい。大粒の涙を拭ってあげた所為でびちゃびちゃの袖口は乾く事を知らず、宥め賺すキスで濡れた舌をもぐもぐ噛んでくるビビは余程口寂しいのだろう。

それもそう。いくら理由があるとはいえ、食べたいのに食べさせて貰えない状況はビビにとったら意地悪されているのと同じ。愛咬やヘロヘロになってまで揺すぶられる夜とは違う、受け入れ難い意地悪だ。

右足首に巻かれたテーピングも、これなら食べられるからと用意されたコーヒー豆のおやつも、みんなみんなビビのダイエットを応援しての事だけれど、この励ましは少しも届いていない事と思う。ウタの口端にとろりと伝った唾液まで舐め取るビビは、次の拍にはまたご飯を強請るから。

つやつやに濡れる唇は戯れの残り香。窓辺で日向ぼっこをする渦巻きだけが温かい。

「どんぐり…かえる?」

「…売ってもいいけど高いよ。3000ドングリは必要。…ビビに払えるの?」

申し訳なさそうにフカフカされているがま口のお財布。どうやら強請っても貰えないと踏み物々交換を目論んでいるようで、玩具屋で見かける子供の様な目でゆったりとがま口を開けたビビは、覗き込んだそこから大事な貯金、貯どんぐりを取り出した。

差し出す大きめどんぐり3個。換算して300ドングリ。

「…かえる?」

二人の間でだけ許されるどんぐりの通貨はウタの気分により多少の変動があれど、だいたい小さめどんぐりで10ドングリ、大きめどんぐりで100ドングリ、超特大どんぐりで1000ドングリ。

帽子を被ったどんぐりであればそれぞれ5、50、500とプラスされる。ビビが差し出した大きめどんぐりは3つで300ドングリ。これではあと2700ドングリ足りず、やはり首を振ったウタに心から悲しそうな顔をしたビビがもう一度がま口のお財布を覗き込んだ。

ぽとぽと、
意味もなく戻されるどんぐりが擦れる音、その切なさといったら。

「……かえる?」

改めて差し出される超特大どんぐり、1個。親分を追い、逆さまにされたがま口からコロコロと零れる小さめどんぐり達。イトリから貰ったゴムやウタの指から泥棒した指輪などビビの宝物がたくさん落ちて、でっぷり太っていたがま口財布はすっかり萎んでしまった。いつぞや嫉妬したウタに殺された、食パンの様にぺしゃんこ。

「1850ドングリか」

「…ない?」

「ビビの事は好きだしオマケしてあげたい。けど、ごめんね」

「 、」

足りなかった。買えなかった。

例え超特大どんぐりを3つ差し出しても、ウタの事だから気分が変わったとかで言い値を変えるのは間違いないのだが、お肉を食べたい一心でどんぐりを捧げるビビはとにかく必死だ。決して届かない値段を提示されているとは知りもせず、もう一度がま口のお財布をひっくり返している。ふかふか揉む指先にはどんぐりの硬さなど少しも感じないだろうに。

よくよく考えれば、いや考えずとも可笑しい話のはず。ビビのお膝には超特大どんぐりが2つも転がっているのに、合計は2000ドングリを下回っているのだから。可哀想なビビ、全ていい様に転がされて。

真白い頬にコロリと転がる宝石の涙を、先程まであぐあぐ噛まれていたウタの舌が柔く舐め上げた。慰めと言うには赤々しく、諦めを促す色により近く。

「…、」

媚を売ろうとでも思っているのか、ブラウスの釦をモタつく手で外すビビに

「体で払うのはナシだよ」

ぴしゃり。突っぱねる声はつれない。

わざわざ要求せずともビビの体はウタのものであり、今この瞬間にも愛しく抱き締めたビビを押し倒してしまえば、お肉で釣ったお支払など関係なく美味しく頂く事ができる。体調をみて些細な悪戯しか出来ない日が続いていた。お預けの調味料はさぞビビを円やかにしてくれる事だろう。

普段できないこと、ビビが拒む――例えば避妊を考えなくていいのなら、ウタも一瞬くらいは真面目に取り合っていたかもしれない。別に一度きりの逢瀬で実るとは思っていない。本当の意味で受け入れられたいと願う日々に、少しの差し色を求めて。しかし、そんな事で受け入れられてもまた道は分かれる。だからビビの要求は飲まない。普通に抱きはするけれど。

体でのお支払いはナシと言いつつふにふにしている男は摘み食いをする悪い子なのに、せがむ目を向けるビビは決して押し退けようとしない。ちゅっちゅっと唇を寄せて鼻先を擦るビビから、また一粒転がる涙。お膝に集まったどんぐりへと落ち、犇めく影へと隠れていった。

可哀想ではあるけれど、タオルケットをゴワゴワ揉んで催促してくるお手手も無視。どんなに愛らしく頬擦られても無視。何をされても無視。無視。ただ夜だけは構ってあげる。


――肥満ですね、

残酷な言葉だろう。ダイエットの始まりです。


デブ猫の餌箱

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