-Merry Christmas-



「もしもしサンタさん。この1年ウチのビビはよい子にしていました。今年のプレゼントは――」

「どんぐりいって、ビビの…太っちょどんぐり。」

「タオルケットで包んだ大きなどんぐりと」

「おやつ。たべたいな。いっこ。」

「あんていくのコーヒー豆が欲しいそうです」

『……この熊はどうする』

パパ、ママ、おじいちゃん、お隣のトム、宅配業者のお兄さん。クリスマスには様々な人がサンタに変身をするが、現在のイブに至るまでずうっとよい子にしていた毛玉のビビへは、四方蓮示が無精ヒゲのサンタさんとして過酷な越冬に十分足る素晴らしきプレゼントを持ってくるらしかった。

噴水広場には寄り添いの影が蠢き、青だとか紫だとかの明りが姦しく夜を滲ませている。二人を一組として何個も押し込んだゴミ箱、そう喩えても差し支えない窮屈さは息苦しいまでの幸せに濡れているのだが、全体を鳥瞰するのではなく個々に目を向けてみたら、笑い合って身を寄せる幸だけがこの場の全てではないようだ。「ベッドでいいよ。座らせておいて」たった今お電話中のウタと擦れ違う独りの男性は、人目を憚らず交尾に及ぶ野良猫でも見る目で赤ずきんのビビを見下ろし、酷く不快そうに眉を顰め、そうした矛を抑制するように最愛の肩を抱く彫り物だらけの手に一層の針先を感じながら、しかし振り回す凶器もなく去ってゆく。周りが二人一組だから独りなのではなく、例えどの暦どのゴミ箱でも独りは独りなのだが、この季節ばかりは如何ともし難い寒さが肌を刺すのだろう。なにも悪い事ではないのに縮こまった肩が切ない。

「サンタさんあした?ビビとこ?」イルミネーションなんて美味しくない物には蒼もくれず、そればかりか足元すらよく見ないビビがウタの腰へ引っ付き虫をして歩き難そうに木底のおでこ靴を運ぶ。ジ、と見上げたまま一度として逸れない目目には映る雑踏もなく、したがって、ウタの香りを裂いてまで届く哀愁の残り香などないのである。


「それじゃあまた。…おやすみ蓮示くん」

「?」

立ち止まって写真を撮る人混みからようやく抜けた頃、「ウーちゃん。サンタなにいう?あした?」ちゃんと訊いてくれたのか不安そうにしているビビの眼前でウタの手がゆったりとスマートフォンを下ろした。時計にしてほんの数分。カラスの行水という言葉があるように、毎度のことながら四方との通話は短い。

「明日、イトリさんのお店に持って来てくれるみたい。あんまり食べさせるなって怒られちゃった」

「?」

きっと電波の向こう側に居た四方はつい先ほど擦れ違った独りの様に眉を顰めていたのだろうが、仕方なさを溜息で伝えながらも頷いてくれる所は性格の根幹を成す心臓が極めて優しいと、ビビの口元へ指をやりこしょこしょ構っているウタは思う。噛み付かれる事で触れる唇が染みるほど熱いのは冬だからか今日だからか。今年もホワイトクリスマスにはならなかった。雪なんて降ったって降らなくったってこの季節には白いもみの木が飾られるのだから、残念に思う気持ちも残念ながら湧いてこない。ただ、待機を強いる交差点にて見下ろした赤ずきんは変な灰色を持っていて、この子は確かに雪よりも余程くすんだ色をしているのだけれど、愛してそばに置いているウタにとってはそれがなんとなく、なんとなく温かかった。

向かいで示す赤へ目をやったビビがひとつの瞬きと共にウタを見上げ、もうひとつ瞬き、そうして何を言うわけでもなく視線を落とす。こんな雑踏の中でも損なう機嫌はないのだろう、袖で隠れんぼしているウタの手を見つけて繋ぐ様子からは当たり前となった寄り添いの安楽が窺え、一層身を寄せて吐くため息は心地よさそうに白い。「ヒト、たくさんだね」「ね。」信号無視をしたバイクの排気ガスを一拍分見送ってから、人々はやっと歩き出した。それはビビとウタも例外ではなく、腕を抱く様にしてよたよた歩く灰色を率いて逆さまの鍵盤を渡る。

「おさんぽ。」

「うん。ビビとおさんぽ」

「いっしょ、おさんぽ。」

街はどこもクリスマスカラーで、ウタの持つショップ袋も赤と緑でぶら下がっているが、このふたりにとってクリスマスというイベントはそこまで毛色の違うものでもないらしい。毛玉からしたら恋人たちが寄り添い合って過ごす特別な日だなんて頭に入ってこないだろうし、例え理解できたとしてもウタとビビは毎日毎日くっ付き合っているのだから、誕生日同様それが特別な日かと訊かれたらそうではないのだ。プレゼントをもらえる日でなければビビの意識には留まりもせず、案の定、今年は遠出しようよとウタが誘ってもサンタを待ちたい毛玉に断られてしまった。

とはいえ、幸せそうにしている人間や肩身の狭さを眉で表す人間を観察するのも楽しく、結局はビビがいれば何処だっていいのだけれど。「気を付けてね。そこ、段差あるから」「うん。」目に痛い明りは依然として視界に滲んでいて、ふたりの足は確実にHySyへと向かっている。少しブラブラする予定が随分と長く探検していたようだ。忠告も空しく転げそうになったビビを危なげなく支え、繋いでいた手を腰元の裾へ導いた代わりとして毛玉の肩を抱く。

実際問題もう少し掘り下げて話すのなら、ウタはビビを連れ歩く事に肯定的ではない。体質に難を抱えている灰色を融かすには少し、いいや結構、外の世界は汚れているから。ねじに終わりを迎えたメトロノームが切なく瞼を閉じるように、コツコツ、――コツ、と木底を止めたビビが、楽譜に置かれた数拍ののちに「へっくし。」とくしゃみをした。胸元のちょうど下あたりへぐりぐりされるお鼻に擽ったさを感じつつ、やや遠く、イルミネーション前よりは控えめに人を集める沿道へ目をやると、赤くて可愛らしい日でも大人達が灰皿を囲み、吐息に擬態した紫煙を夜空へ還らせている。つまらなそうに煙草を銜えている人もいればお腹の大きな妊婦までもが輪に加わっていて、全くの他人事ながら、ウタは案じるような瞬きで夜気を撫でた。

取り直して沈む瞳に「平気?」「へいき。」赤ずきんの最愛が映る。何かを否定する気は全くないにしても、旦那さんはどうしたのかなだとか、お腹の子に影響はないのかなだとか、些細な心配を抱いてしまうのも仕方のない事だろう。いつかはビビのお腹もふっくらとして、自分はちゃんとふたりを守ってあげて――そうした撚糸を望むウタにとっては、目立つだけを目的に飾られた青や紫よりも余程目に痛い光景だったのだ。重ねるが、何がよくて何が悪いのかを思惟したわけではない。言うなればこれは自らと射影した為に生まれた煩慮であり、名も知らぬ彼女を仮縫いとして、一生縫い付けるビビを案じたに過ぎなかった。――難しい。頭で文字の矛盾を解く思考と、自然と湧き上がるだけの気持ち、感情、煩慮。その違いはとても難しい。

「、?」

「ごめんね、少しだけ我慢して」

「うん。」

肩に添えていた手を滑らせ、指先まで隠す袖でこっそりとビビのお鼻を覆うウタは、空っぽの胎で揺蕩う形亡き輪郭を想う。モノクロに映る影がないのなら、それは未だ、それはすでに死んでいるも同然といえ、悲しみと寂しさが撹拌された後悔は葬列に傘をさす淑女の瞬きに似ている。「あした。イトリとこ…およふく。」「なに着るの?」「コルセトワンミースだって。ビビの…。」ウタの手がマスク代わりとして在るビビは大変籠った声で、しかし多分の嬉しさを漂わせながらこくん、と頷いた。夜気に紛れる空気の淀みなど、一切知らない子供の花笑みで。

「コルセットはやめたら?ビビのお腹がかわいそう」「へいき。」袖を噛み始めた暢気な毛玉には届かないが、しかし、片想いと同色の心臓で案じ続けるのも悪くはない、かもしれない。噴水に投げた硬貨が口移しの気泡を見上げる様に、きっといつかは結ばれる日が来る。手に入らない筈だった灰を片手に過ぎた事を思い返せば、全てはそうなるべきだった当たり前の秒針として記されているのだから。

紫煙の燻りは――遠い。振り返ったって見えない過去になり、耳に心地良い木底の足音が遊ぶ。

「プレゼント。なに?」

「帰ってからのお楽しみだよ。想像して。…ビビは何をくれるの?」

「あるぱか。」

サンタは明日来るからいいとして、じゃあウタからはどんなプレゼントがもらえるのか?意味なんてあって無い会話のそばを通る風が、水先案内人の背中でビルの間を潜った。「そういえばアルパカ特集、今日じゃない?」「へいき。ちゃんと予約。」「ならいいけど……少し心配。やり方わかった?」「とても。」自信満々なビビと反して、言葉の通り心配そうにしているウタは繋いだ方の手をポケットにしまい、もう片手でスマートフォンを夜気に晒す。小さなビビでは片手の隠れ家も親切ではなく、毛虫のまぬけな童謡を聴きながらこっそり点す画面は目に痛い。

こんな風の冷たい日だ、歩き難いまでに引っ付いて暖をとるビビのお鼻も赤くなっており、なんだか、お菓子の国みたく可愛らしいパン屋で流れていた曲を思い出す。いつも笑われ者のトナカイが世界中に幸せを届ける灯となる歌。陳列された作品はどれも決して口には出来ないけれど、おひげの生えたパン達があまりに素敵だったから、ウタはビビに強請られるままに買ってしまった。

これはどの季節でだって思うのだが、人が作る菓子や料理の在り方は本当に素敵だと思う。あんなに綺麗なものなのに長い時間飾っておくことができず、人々はささやかな惜しみと共に食してしまうのだから。食べたいかと訊かれたら食べてみたい。しかし、食べる事は難しい。中には人の食べ物も好んで食す変わり者がいるが、大体の範囲で括ろうと試みると、結局は人に生まれるか喰種に生まれるかだろう。ただ不味いだけならまだしも、体に不調を齎すことを考えればやはり難しい。

“予約しますか?‘はい’予約が完了いたしました”。毛玉の楽しみが約束され、そうしてスマートフォンを隠した反対側、握り合ったまま収めているポケットの中で“何かないかな〜”と言わんばかりの手手がもぞもぞと動く。薄くなる喧騒は徐々に沈黙を。――ひときわ不愛想な風がビビの肩を竦ませたから、いっそ足を止めて小さい赤鼻へ唇を寄せた。

「、?」

「…お鼻、可愛いなと思って」

面食らったような瞬きに次いだ「…おはな?」こしょこしょ話の愛らしい囁き。こんな薄暗い夜に鼻先が触れるほどの距離を求めれば瞳孔をまあるくしたビビの睫毛までもが灰に灯っていて、「ねえ、好き」「?」何とはなしに落とした言葉にも灰被った林檎やベルの飾りが揺れているかのよう。「、」お鼻に返されたキスの、そのまたお返しとして赤々しい上唇に吸い付く。路を越えた何処かでは喧嘩に身を投じる気配がするし決して無音ではないのに、ビビが踵を擦る僅かな音や名残惜しんでそうっと離れた唇の、曖昧に夜露を含んだ白い声がやけに鋭く聞こえた。逸らしてほしくない、そう思って支えていた頬は冷たい。

「こんなとこで悪いコしたら、また蓮示くんに怒られちゃうね」

「れんじ?」

「間違えた。サンタさん」

「?」

今この時この一瞬は継ぎ接ぎの心臓が痛むほど幸せで、けれど特筆すべき点もないほど有り触れた日常で――ひとつ灰が散って瞬いた現在の秒針に、不幸せを感じている者もこの世の何処かに存在しているとは一切ビビの縫い目に入っていないだろう。

僅かに首を傾ければ額縁の絵に唇が触れてしまう、瞬きすら戸惑われるそぞろ言の距離。灰で描かれた肖像が自らの最愛だとしたら、十指の内でいったい何人の男が小首を傾げるのだろうか。「ウタ、お家。」「――ん」傾げた首が確かな愛情を求め、ひやんとした唇はビビの温もりに触れる。舌の戯れまで至らなければ舌先に繋がる糸もなく、そうして斯くも呆気なく離れる唇を愁情の目目で追うビビは極めて我儘だ。自分から帰宅を促したくせに。

つい数秒、瞬きの秒針前には触れ合っていた唇が蒼く冷たい。何事もそう。温もりを知ってしまうと一の冷たさが十にも二十にも感じられて、もう一度だけ足を止めてしまいたくなる。「さむいね」「ね。」心の臓まで凍る秒針を覚悟していながら、まあるっこい毛玉を抱き締めてしまいたくなる。きっと、何事もそう。誰だって、いつだって。

ウタのポッケに守られている右手と違い夜風と握手をするしかない左手が酷く寂しがるから、毛玉のビビは交差点で過ぎた時間を巻き戻してジ、と見上げ、今にも泣いてしまいそうな左手にて最愛の腕を抱いた。一拍遅れで滲む灯火が蒼い約束を手渡してくるけれど、胸が灰を落とすたびに迎える決まり事なら致し方ない。裁断の寂しさを知るからこそ、こんなにも灰色と黒の交わりは温かいのだ。

「プレゼントとぼく、どっちが好き?」

「あるぱか。」

人のいない北西へ、人のいない北西へ。そうした選択が導いたのは4区らしい荒廃路地で、クリスマスの賑わいとは一小節を置いている。右端の空き缶が鳴いた。表向きはあれ程までに華美であったのに、少し影を選んで足を進めたならそれはそれはもう人格の表裏を表すかのように煤けていて、手の施しようがない道徳の乱れが酷く心を落ち着かせる。珍しくもない退廃的な光景だが、しかし、それでも浮かぶ額縁があったのだろう。喉で笑うウタは物静かな手帳を取り出し、ビビの足音にインクを滲ませながら輪郭を描く。

離れ離れになってしまった手手に毛玉は寂しげな灰を瞬き、我儘は言えないけれど気付いてほしい、そうお願い事をする様にすんすん、とお鼻でウタを呼んだ。見下ろした蒼の中に縋りつく愛情を認め、そうした輪郭を額縁の心臓へと組み込んでいく。瞬きの裏にまで遺る蒼は目に痛い。僅かばかりの蒼紫を含んだ灰も、また。


St.Nicholas/Merry

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