記憶にないもっとずっと奥底で、懐かしいと感じる磯の香り。寄せては引いていく血のざわめきと、攫われていく手向けの花束は名残惜しく後ろ髪を引く。

ここに根を張ってしまえたらと。花を攫った蒼い水を糧に、いつまでも佇んで居たいと。

「ビビ、行くよ」

「うん。」

日が沈んだ蒼紫の海面。合わせ鏡の瞳がゆっくりと瞬いた。頷きの返事と共に一歩引いた片足は、されど踵を返す事は出来ず。

亡き友へ届いてほしい。愛しいあの人へ届いてほしい。

縋る想いで放った花束が灰散る波に揉まれ、遠く糸の張る彼方に離れていってしまう。

届く祈りなんて、きっと、どこにもない。

「帰ろ?」

沈んだ花束を探し続ける海の瞳を掌で目隠しして、根を張った様に動けないでいるその体を後ろから抱き込んだ。海風に晒されて冷えた頬。一人じゃないよと頬を寄せ孤独へ温もりを分け与える。

見えない海へ追い縋り伸ばされた小さな手を、男の手が捕まえて自らの口元へと。貝殻のように愛しく絡めた指ごと口付けて、一緒に帰ろ、ただ一言呟いた。


踵返したその後ろ髪。
引かれるがまま振り返ってもまた前を向ける様に。
躓いてしまわない様に。
決して離れない様に。

暖かく寄り添って歩く二人の背中を


――どうか幸せにね


優しい風がそっと押す。


手向けの花


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