数時間前の話だ。

ビビのスマートフォンにイトリから“若返りの血が欲しい。こないだの血は栄養が足りてなかった。だから飯喰え”といった内容のメールが来たとほぼ同時に訪れた四方。その四方が持って来たのは青いボックスだ。

蓋を開ければ冷気が漏れ、子供の腕が丸々1本入っていた。ビニールの中で折り畳まれ結束バンドで縛られたそれは宛ら人間の食べる蟹の様で、似た形で売られているのをウタは見た事がある。

ボックスの底に敷いてあった紙を読むウタの両側で、お互い目を合わせたままじっとしているのはビビと四方。

「…、…」

「…。」

「…。…」

「…うん、」

何かを言うべきか唇を薄く開いてはまた噤む。ずっとこの調子で、ビビはビビで解らないままに頷く。ビビを睨み付ける様に見下ろす四方と、ウタと一緒にしゃがみ込み四方を見上げるビビ。会話は成立していない。

そして現在。
結局、ちゃんと飯を喰え、の様な事だけボソついて帰って行った四方を見送り、ビビにお食事の時間が訪れた。

遺体の状況、死因、性別、その他様々な情報が記された紙を片手にウタはソファにてビビを宥めている。ウタの持つ子供の腕を見て距離を取ろうと、よたついて離れるビビを引き戻して品質表示の紙を見せた。

「火事だってさ。12歳の女の子」

「ん…。」

ウタは黒く塗られた爪で示す。12歳の文字を。とても重要な事の様に。
あのコとは違うからねと、言い聞かす様に。

「はい、じゃあこっち来て。ご飯喰べよ」

広いソファの肘掛に背を預けたウタが足の間にビビを座らせるが、お座りをさせられた犬の様に収まるその身はソワソワとしていて落ち着きがなく、立てられたウタの膝に頬を預けている。気休めにビビの好きな丸めたタオルケットを渡してやればゴワゴワと揉んだけれど、表情は沈んだままだ。

腕の付け根から指先まで、丸々1本。ビビが全てを喰べられるとは思っていない。精々二の腕までかな、と踏んでウタは断面の皮を爪で引っ掻いた。引っかかった皮膚を摘まんで、肉から剥がす。

「うえ…。」

ずずー、ぶちぶち、と変な音をたてて剥がれる皮はてろてろしていて気味悪く、ビビは友達のタオルケットを顔に当てた。こっそり上目で覗いたビビの目に、剥き出しの肉をウタ自ら齧るのが映る。滴った薄い血で唇もピアスも汚れていて、雫が喉のタトゥーを滑り落ちたのをビビは恐々とした目で追った。

「ん、」

「はい、…。」

数度の咀嚼のあと、口開けてとビビの唇をノックすれば、気乗りしない様子で頷きつつも薄く開かれた。腹へ手を突いて振り仰ぐビビの首裏を引き寄せ、汚れた唇を重ねる。どろどろになった肉と血を舌と共にビビの口内へ落として、口端から垂れた雫を指で掬ってビビの唇へ突っ込み、引き抜いて、そしてまた唇を塞ぐ。ちょっとまって、とでも言う様に身を押されて、ほんの少しだけ唇を離しその目を窺い見る。

「ぅ…ろみこめらい…っ」

「ダメだよ。ごっくんして」

肉片ではなく腕そのままを見せたのだからそう簡単に飲み込めるとも思っていないし、これも特訓の内だ。却下、ともう一度唇を塞いでしまう。ウタに出来る事は、上を向いている以上どうしてもビビへ溜まる肉と血液が少しずつ少しずつ飲み下されるのを気長に待つだけ。

柔らかい舌先がピアスを撫でて名残惜しく離れた唇に、赤い糸が繋がりぷちりと途切れた。

「飲み込めた?…うん、いい子」

従順なビビが確認に、べ、と浅く舌を出した。その舌をちゅっと吸って頭を撫でてやる。これだけ頑張ってほんの一口分だ。ふうふうと浅く喘ぐビビには可哀想だが、肉のノルマはまだまだ残っている。

「イトリの…。」

「そうそう。イトリさんとぼくの為」

間があかない内にもう一口齧ったウタが、同じ様に咀嚼する。

そのイトリに食事を催促するよう仕向けたのはウタであるが、ビビは欠片ほども気付いていないだろう。

繰り返しの口付けで、餌を届ける舌を傷付けた。少しでもビビの血肉になればいいなと。


舌先の酸素マスク


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