「少しずつでも定期的に食べときゃさ」

「うん。」

「一遍に押し込む必要もないわけよ。あたしの言ってることわかる?」

「うん。イトリのわかる。」

「ビビだって目一杯詰め込まれんのツラいでしょ?」

「うん。」

ソファに踏ん反り返って薄めた血液を飲むイトリと、嬉しそうにお説教を聞くビビ。Helter Skelterが始まるまでは一緒に居てあげる、と甘やかした結果がこれである。

もっとのむ?まだあるよ、元気だからだいじょうぶだよ。
イトリさむい?ウーちゃんのおよふく、あるよ。あったかいよ。

嬉しさ全開でタオルケットやらウタのニットを持ってくるビビに大人しくしてろと一喝してからはずっとくっ付いて離れない。

「どれどれ、イトリ様に指を見せてごらんよ」

「はいイトリちゃん。」

「イトリ様」

「はいイトリさま。」

数滴の血液を出す為に切った指先はまだ完治こそしていないものの、針で刺した程度の小ささになっている。きちんと食事を摂った証拠だ。

「ホント治癒力低いわ。そらキスマークも消えねーわよ」

「そうだねぇ。」

「テキトーに返事しやがってビビめ」

イトリの腕を抱いて頬をくっ付ける。ビビがくっ付いていようが構わずに動く手をまた捕まえて頬を寄せ、すんすんとイトリの匂いを吸い込んだ。とても落ち着く匂いだ。ずっと一緒に居たい。

「イトリ。」

「はいよ」

「イトリかえらないって。」

「残念だけどねぇビビちゃん、お店があるのだよ」

「うん。」

「わかった?」

「うん。一緒いる。」

「わかってないねこりゃ」

「日本語むずかし。」

「外人ぶんなアホ助。ダメなもんはダメ。ウーさんに怒られんのはあたしなんだから」

うん。
肩を落として頷くその髪をわしゃわしゃと撫でてグラスの中身を飲み干す。もう甘やかさないって決めた心が早くも揺らいでグラスに映った。

「あたしん家連れてってもいいけどねぇ、お泊りしてもまたウーさん居ないって泣くでしょビビ」

「ないよ。」

「ウソつけ。ベソかいてたのは誰だよ」

「べそ?」

「泣き虫って意味」

「ナキ虫。べそはナキ虫。」

おぼえた。
いつもの様に頷くビビにイトリが訝しげな目を向ける。発音がおかしい。たぶんコイツわかってない。

「ビビもっかい言ってみな」

「べそ虫。」

「泣き虫だよおバカ」

「ナキ虫。」

「じゃあナキ虫って何?」

「いもむし。」

ほらみろ。間違って覚えてる。あたしの洞察眼も中々じゃない。そうニヤついたイトリは腕に引っ付くビビを離し、そして向き合う。

嫌がるビビの手を持って膝に置かせ、ひとまずスマートフォンを駆使して和独翻訳。現れた画面を見せていつもの様にお勉強だ。

「ホラお勉強しなさい。芋虫じゃなくて泣き虫。ナキ虫じゃなくて泣き虫。おわかり?」

「うん。泣き虫。おわかり。」

「よしよし…これでひとつ賢くなったじゃんビビ。…泣き虫?ナキ虫?」

「泣き虫!」

「よーしよしよしいい子だこのこのー!」

飛び付く様に抱き締めてソファへ倒れ込めば、二人してきゃっきゃと燥ぎビビはイトリの胸に埋まってしまう。寝転がってじたばたすれば当然髪はくしゃくしゃになって服も寄れるが、そんな事気にもならない。


イトリとビビは仲良しだ。




「ウーさんあたし帰るよ」

「もう?…よくビビが放したね」

「燥ぎ疲れて寝ちゃってさ。だから今の内にね。ソファに寝かしてあるから」

「うん。ありがとう。…また構ってあげて」

はいよー、と軽い返事をしたイトリが手を振り扉に向かうが、何かを思い出した様にウタの元へ戻ってくる。ガサゴソとバッグを漁り、取り出したのは長方形の箱3つ。

「ほらよウーさん、あたしからプレゼントだ。取っときな」

「…まだあるからいらないよ」

イトリが力強く差し出すのは、また例の如くゴムだ。毎回毎回かなりの量を押し付けて行く為、まだ当分先は無くならない程度には間に合っている。

「いいからいいから、ホラ。持ってたって損はないよオニーサン。また今度持ってくるからさ」

それじゃ!
さっさと背を向けてヒールを響かせるイトリは自由だ。今度、とはいえどうせまた近い内に押し付けられる事は目に見えている。どうして毎回ゴムなのかなぁと首を傾げウタは箱を手に取った。とはいえこのままお店に置いておく訳にも行かない。

片付ける序でにビビの顔でも見てこようと革の裁断を中断した。


紐帯のジランドール


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