ウタが自身のスタジオを閉めて、目的のお花屋さんもそろそろ閉店時間が近いかなという頃。華やかな店先に変な男を見付けた。

ウタ一人であればなんら気にする事ではないのだが、今はビビも連れている。もう少し様子を見るべきかなと足を止めた。

――想像してくれたまえ…アントレ、アダージュ、ヴァリアシオン、そして…コーダ。優美なPas de deuxを踊る傷だらけのScarlet…

レースフラッグの様な、チェスボードの様な、なんとも個性的な服を揺らして大袈裟に手を掲げる男。まるでワインを飲むかの如く、花に唇を寄せている。

「…寒い?」

「へいき。」


――愛でられる為に産まれてきたと言っても過言ではないよ。僕はこの美しさを誇りに思う…フフ、罪なレディだ

「…ビビ、こっち」

「お花。」

「後でね」

花屋から少し離れたガードレールに寄り掛かるウタは、繋いだ手を放してビビの腰を抱いた。鼻まで覆っていたマフラーを指で崩して、胸にぺったりとくっ付くビビの髪をふーっと吹き時間を潰す。あの男がいつから居るのかはわからないが閉店まで1時間もない。


――誰しもが例えるだろう。口を揃えて…一様に…血の様な緋だとね。猩々緋と言ったかな?


む、と突き出した唇にビビが吸い付く。離れて、また突き出された唇に吸い付く。その度に背伸びする腰を支えて、またむ、っとする。

吸い付いた唇から離れようと、背伸びしていた踵を落とすビビ。ちゅっ、と離れてしまう暖かい唇を今度は追い掛けて細い首を引き寄せた。上目で眺めた花屋ではまだレースフラッグが薔薇を振り回している。


――美しさに誘われた穢れなきアニュス・デイ!罪深きScarletは神の子羊をも傷付けるだろう!その…臆病な棘で…


「…ウチの床に似てるなぁ彼の服。ほら、見て」

「ね、」

店の出入り口、早く帰ってくださいと催促するような扉を手で押さえたまま未だに何かをやっている変な男。もとい、月山習。

ウタ自身は何度か顔を合わせた事があるが、毎度賑やかな男だと思う。一見物静かに見えるのに、なかなか不思議な喰種だ。嫌いじゃないけれど、ビビを紹介しようとは思わない。やむを得ない状況が来るその時までは避けて通りたい道だ。


――そう悲しい顔をしないでくれたまえ…またすぐに会えるさ。それまで暫しの別れを

Au revoir、
丸々太った花束をバッサァと掲げて店先の花達へ別れを告げた月山習。彼の残り香までもが完全に居なくなるのを見計らって、やっとウタはガードレールから身体を放した。

抱いたままくるりと反転して、ガードレールへ閉じ込めたビビをじ、と見つめる。

「?」

「お花、いこっか」

「うん。ガーベラ。」

「だけ?」

「どんぐり。」

「ドングリはないかな。帰ったら去年拾ったやつ出してあげる」

棚の上にしまっちゃったから、と言うウタはビビの両側に手を着いたまま動く気配がなく、ビビは首を傾げた。その手の袖を引いてみる。

「なあに。ドングリは持ってないよ」

「ウタ、お花。」

「うん」

「?」

頷いたまま、やはり動かないウタ。

こてん、
もう一度首を倒したビビを真似てウタもまた首を傾げる。目を合わせたまま不思議そうにぱちり、ぱちり、と瞬いたビビは軽く周りを見渡し、そしてまたウタを見上げ幾度かの瞬き。

「…、ん。」

薄く開いた唇からちろちろと舌を覗かせてやればやっと合点がいった様で、覗いた舌ごとやんわり唇が重ねられた。閉じ込めていた檻を外して腰を支えるのはさっきと同じ。一方の手は絡めたままお互いの胸に挟まれ、ビビが踵を落とし唇が離れてもまだ繋がったままだった。

「あ。はやく行かないと。もう20分ないや」

「お花もらえない?」

「大丈夫、お花だけ選んで帰ろ。あとで一緒にアレンジすればいいし」

「うん。どんぐりも。」

「いいね。ドングリとガーベラ。きっと合わないだろうけど、好きだよそういうの」

地面に放っていたままだった、洋服や雑貨の入った紙袋を持ってウタはビビの手を引く。静かになった花屋へと。

ガーベラと、ドングリと、あとは花輪を作る為のバラ。

床が随分とバラを買い込んでいたようだから生き残りがいるか少し心配だ。

もう花輪もドングリとガーベラでいいかな、問うたウタにビビはうん、と頷いた。


月山さんの弔い妨害


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