ふう、ふう、
やっと息をしている様な、弱々しい呼吸音。ベッドサイドに膝をつきその手を握るウタは耳を塞いでしまいたくなる。

朝になって一気に急降下した体調に、ビビは鉢男の水やりだけ終えてベッドへ逆戻りしてしまった。 リビングには昨日買った雑貨がまだ紙袋に入っている。明日一緒に開けようかと話していたのに。飾られた暖色の花も悲しい色に見えた。

叶うなら、変わってあげたい。

でも仕方のない事。虚弱体質である事は出生の理由も含め、頭ではよく理解している。こうして体調を崩す事も珍しくはない。昨晩の情事でつけてしまった首筋の噛み傷も鬱血痕も、治る様子を見せてはその治癒をやめてしまっている。傷跡を撫でれば柔肉が指先に引っかかる感触がした。また治る様子を見せて傷が塞がり、それからぱくっと開く。

「ビビ、飲んで。… 少しでもいいから」

「や…。」

「出しちゃっても怒らないよ。だから、…飲んで欲しいな」

差し出したのは血液が入ったバッグのチューブ。ビビの口元に敷かれたバスタオルには赤い染みがべったりと張り付いており、そこに頬をつけるビビの口元も真っ赤だ。

数拍の後、大人しく開いた唇がチューブを咥えたのを見てバッグに圧をかける。少し送っては嚥下を見届けまた送る。幾度か繰り返してチューブは唇を滑り落ちた。

「苦しいね、…ごめんね。大丈夫、大丈夫…」

んく、と小さく喉が鳴り、飲み込んだばかりの血液が唇を汚してしまう。じんわりとバスタオルに染み込んで、気持ち悪さに息が吐けないでいるビビの涙も赤に溶けた。

背中を撫でて様子を見るが吐き戻してしまう量は大分減ってきている。我慢が利く様になってきたのかもしれないが、吐き気に大粒の涙を零すその姿はとても症状が軽くなった様には見えない。

同じ空間に居るのに。何度も体を交えたのに。その苦しみを何一つ背負ってあげる事は出来ない。何かに似ていると思った。ウタ自身が望んでいる事。

ああ、きっと――子供ができたらこんな感じなのかも。変わってあげられない痛みも、側で見ている事しか出来ない無力さも。

脳裏に浮かぶ交配リスト。並ぶ文字。受胎。有馬貴将。流、

開いた唇が残酷な事を放ってしまいそうで、咄嗟に他の話題を探した。

「…さっき、イトリさんから連絡あってさ」

「…、」

「ビビから鉢男のメールがこない、って」

「うん、…」

「心配してたよ。……いつもの事なのにね」

ビビが寝込むなんて、いつもの事なのに。悲しそうに笑って繰り返したその声が、何よりも苦しそうだった。吐き気に喘ぐビビ自身よりも。拭う事もしなくなった血液が固まり始め、唇が赤い赤い粉をふく。机上に忘れられたパレットのように。心に抱いた嫉妬のように。

「う、た…。」

「ん?」

「さむい、…」

てっきりイトリに会いたいと返ってくる、そう思っていた。具合が悪くなるとなるべく会わせない様にしているから。

握られた手から逃げ、そのまま伸ばされる。もう一度その手を取ろうとすると、嫌がる様に弱々しく引っ込められてしまう。

「こっち、…いっしょ…。」

再度伸ばされた腕を引いて後ろへ流し覆い被さると、うんうんと頷き心底安心した様に両腕が首へ回された。隣へ寝転んでから向き合うその表情は苦しそうでも微かに笑んでいる。胸元の服を握る手は白い。

胸に頬を寄せる安堵の表情も、求める様に伸ばされた腕も、ただ自分だけに向けられるものならいいと思った。過去に誰が触れた肌であっても、この先一生、自分だけに肌を許してくれたならと。もう誰にも、肌を許さないでと。

「キス、…したいな。してもいい?」

「うん、」


ごめんね、

パレットの上、かさついた絵の具を筆で撫でる。こびり付いた嫉妬が溶ければ楽になれるのかな、なんて。自分だけ楽になったってどうしようもないのに。ビビの苦しみは変わってあげたいと願うのに。自分の苦しみは棄てたいだなんて。

負担にならない様、夢中になってしまわない様、首筋に誘われてしまわない様、赤の残る唇に柔らかくじゃれ付いた。我慢我慢と唇をなぞる舌に吸い付かれても、溶けた血液を舐め上げるその舌が扇情的でも、ただ欲を押し殺して。

はやく元気になってぼくだけだと伝えて欲しい。こんな時でさえ嫉妬を抑えられずにいる、どうしようもないぼくに。


虚弱のジェンガ


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