数日を経て徐々に回復を見せたビビだが、絶不調でなくなった分よく動き回る。見張りながらマスクの制作をするウタがつい集中してしまうと、もうベッドから抜け出している始末だ。

今もまた、縫製の糸処理を終えた所でバサバサ、と音がした。別室で。

振り返ったベッドには当然ビビの姿はない為、トコトコとウタなりに急いで部屋を出てみれば、床にぺたりと座り込むビビの姿。散らばる楽譜やギターの弦は、あの日花屋へ行くついでに買ってきたもの。

ああ、これを片付けようとしたんだ。“今日はもう遅いから、明日一緒に開けよっか”、そう話した記憶が確かにある。声をかけ辛かったのかなと思ったけれど、絆されてはいけない。勝手に動き回る事は褒められたものではないから。

「ビビ、」

「うん。」

「ごめんなさいは?」

「うん。ごめんなさい。」

大人しくしててって言ったでしょ、
抱いて立ち上がらせたその足が情けなくよろめいた。思う様に動かないのだろう、ビビは不思議そうに見下ろして数度瞬き、足を軽く持ち上げては下ろす。上手に動かせるかな、と確認するその仕草が嫌だった。離れていく、その練習をするみたいで。

ぎゅう、最愛を腕に閉じ込めてもやもやを払拭する。不思議そうにしていないで抱き返して欲しい。その腕は何の為についてるの。ビビは誰の為に生きてるの。浮かぶ我儘は愛故だ。

「ぎゅってして」

「?」

「はやく、」

「うん。」

背に回った細腕がやんわりと抱き返す。胸に額をぐりぐりする姿は無邪気で、ウタの不安などなに一つ感じていないだろう。

ごめんなさいだって軽いし、動くなと言っても歩き回るし。この家から出なければ好きにしていいよ、なんて言った出会った頃に戻ってよく言い聞かせたい。ぼくの目が届く範囲に居てよと。

消えてくれないもやもやに、もうそのまま抱き上げてすぐ側のソファへ下ろした。ころん、と転がしてから散らばった楽譜を拾うウタの背後で、ビビは早速ソファから降りようとしている。

「ビビ、おこるよ?」

「?」

「大人しくしてて」

「…うん。」

言ってから、気付いた。離れて行こうとしたのではなく、ただ一緒に楽譜を拾おうとしただけなのではないかと。

“今日はもう遅いから、明日一緒に開けよっか”

ウタ自身が楽譜を見て頭に浮かんだ様に、ビビだってこの口約束を覚えているはずだ。だから、今も。
側に置いておきたい心が完全にビビを測り違えていて、ダメだなぁと溜息をつく。このままでは、くだらない意地を張ってしまいそうで。

ここ数日、気が張っているという自覚は確かにあった。ビビの体調が悪かろうが何だろうが、いつだってビビの過去は着いて回るし、頭で理解していても心は着いて来てくれない。もやもやしていた。もう完全に、ただの八つ当たりだった。

とはいえビビはあの調子でゆっくりしている為、喧嘩になってもウタが拗ねてビビがおろおろと泣きべそをかく程度。殴り合い等の激しい喧嘩には間違ってもならない。そもそもウタの邪魔にならない様に、ビビは寂しさが限界になるまで近付いて来ない。どんなに自分は悪くなくても、結局ごめんねと糸を切ってくれるのはビビだ。

過ぎてしまった長針を巻き戻す様に、纏めた楽譜や小物をもう一度紙袋へ戻した。振り返った先でビビは大人しくしている。言いつけ通りに。

怒られるのかなと不安げに瞬くその姿。ただ、胸が痛かった。

「…ちょっと、イライラしてたのかも」

「うん。」

「ビビは何も悪くないのに…当たっちゃってごめんね」

ビビもさっきごめんなさいしたし、コレでおあいこ。紙袋をそこら辺へ置いて、ビビへぴったりと身を寄せれば居心地が悪そうにおろおろしていて。ビビはもう怒られた気分になっているみたいだ。

しょんぼりと俯くその顔を覗き込んで、唇を掬い上げる。ただ重ねるだけの口付けでも、張っていた心は大きく安心した。ビビも、ウタも。そのままぱたりと押し倒して腕の中に閉じ込める。これが一番の安心。ビビも、ウタも。

「ウタ、怒る…ないって?」「うん。怒ってないよ」「だいじょうぶ?」「大丈夫」よかった、と頷いて安堵した声が愛しい。抱き込んだ身体は暖かくて、もうこのまま寝ちゃうのもいいなぁと思った。ブランケットに包まって、寂しくない様にくっ付いて。

でもその前に、

「ビビの好きな人、聞きたいなあ」

「?」

「誰が好きなの?教えて?」

「ウタ?」

「ぼく?」

「うん。」

「あとは?」

あとは、だなんて。意地悪な事を聞いているのは自覚した上だった。男の名前が出てきたら嫌だと渦巻くもやもや。ぎゅう、と強めた腕の中でビビは呑気に考える。んー、と気の抜けた声がして、ビビが服の襟元をがじがじと噛んでいるのがわかった。ウタの気も知らないで。

「イトリ。」

「…ん。そっか」

ふう、とついた溜息でビビの髪が揺れる。嫉妬って、結構つらい。また服にじゃれ付こうとしている唇を指で擽って、内緒話をする様に額へ口付けた。

「ぼくの事すき?」

「うん。」

「ちゃんと言って」

「ウタこと、すき。」

終わった事に嫉妬してる方が馬鹿に思えるくらい、自由に動く足に不安を抱かないくらい、何度でも聞きたい。

側に居てくれる理由を指折り数えて永遠を願った。


両腕の足枷


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