ふにゃり。
求めあった素肌を抱き込んだままベッドで溶ける。病み上がりのビビに負担をかけない様、揺れる翅を思わせる程ゆったりと優しい交りであったが、長く禁欲した身にとっては何より温かく染みる。いつもの様に大泣きをするほど翻弄されたわけでもないビビは心地良い疲労感の中で目の前にある胸の太陽をなぞり、髪を梳かれる感覚に大人しくしていた。

まだ白さの残るビビの肌。点々とついた噛み痕や鬱血痕はいつもよりずっと少なく、じわりと塞がっていく傷跡が白を増やした。独占欲の赤をもう少し、と肩を掴みビビをベッドへ押し付けたウタが、白い首筋へ顔を埋めた瞬間にぴたりと動きを止める。

「?」

ざーざーと煩い雨の音だけが妙に浮き、覆い被さる隙間から冷たい空気が滑り込んだ。ふわふわしていた空気が一瞬で冷えてしまう。氷水の中にビー玉を落とした様な、かちりとした冷たさ。

すんすん、と鼻を利かせたウタは、雨音に混じる不穏な音と嫌な匂いに、未だ余韻の残る身をゆっくりと起こした。

放ってあった部屋着を適当に纏い、追って怠そうに身を起こしたビビへブランケットを重ねる。

「お外?」

「…うん。すぐ戻るよ」

「こわい。」

「守るから大丈夫。…外には出ないって約束して」

「うん。」

いいコで待っててね、
鼻先にキスをしてビビの元を離れる。やっとくっ付けたのにタイミングが悪い。せめて昼間の仕事中にでも来てくれたらよかったのにと苛立ち紛れに弄んだピアスはまだビビの熱を覚えていて、もう、今すぐにでも愛で濡れたベッドへ戻りたかった。




冷たい雨に打たれる雄喰種の死骸は、それ以上に冷たい眼差しを受けて這い蹲る。

たまに居るのだ。こういう、本能の嗅覚に鋭い喰種が。良血の雌を嗅ぎ当ててフラフラと近寄ってくるのは雄としての本能。逆らえない遺伝子の導きは光に集まる蛾と同じ。

賢い喰種であればウタに喧嘩を売る様な真似はしない。殺されてしまうとわかっているから。だが理性の飛んだ喰種はこうして殺されに来る。蒼い光に飛び込んだら、死んでしまうというのに。バチバチと嫌な音をたてて無様に落っこちる虫は、コンビニの外でよく見かける光景なはず。

蒼い蝶を一目見る事も叶わずに死んでいった土色の蛾。通行人が躓いたらいけないから、と蹴飛ばされ端へ転がる。地味な翅をコンクリートに擦りつけて。

誘惑に負けさえしなければ、こんな結末にはならなかったのに。良血を求めなければ、自分の血を繋げる事も出来ただろうに。

踵を返したウタを追うように、流れた血が水溜りを渡った。




すっかり濡れ鼠になってしまったウタは滴る水も気にせず足を進める。暖房がつけられた部屋、バスタブに叩きつけられる水の音。キィ、と開いたバスルームの扉から不安そうなビビが顔を覗かせ、誰が来たんだろうと様子を窺っている。

「ただいま。いいコにしてた?」

「うん。いい子。ウタおかえり。」

ウタだ、とバスタオルを広げて抱き付いてくるビビは、膝下でフリルの揺れるネグリジェにウタが置いていったカーディガンだけ。バスルームから出てきた所を見ると、バスタブに溜まるお湯をずっと眺めていたのだろう。悪い子。

「先にシャワー浴びてるから、ビビは着替え持ってきて」

「うん。」

「ちゃんと自分のも持ってくるんだよ」

「?」

「一緒に入ろ。体、冷えてるでしょ?」

「ん。」

こく、頷いたビビが早速任務に取り掛かったのを見届けて、肌に張り付く服を引き剥がす。この粘着さはつい先程殺した蛾の様だと思った。そして、ビビに対する己の執着心。彼らの気持ちはよく分かるが、受け入れる訳にはいかないしビビを共有する訳にもいかない。結局は殺すしかない。守る為に。前向きに考えれば軽い運動にはなるしそこそこ楽しめるのだが、タイミングだけは選んで欲しい。

つい数時間前にシャワーを浴びたばかりなのにと、緩く捻ったコックはいやに生温かった。




「ウーちゃん。」

「はい、ビビちゃん。遅かったね」

「うん。」

「はやくおいで。温かいよ」

「や。」

「目つぶってるから大丈夫」

「うん。」

バスタブで寛ぐウタが片手で目を覆えば、納得した声と共にバスルームの扉が開かれた。白い湯の嵩が増し、胸に背中が預けられる。触れた肌は思った通りにひんやりとしていて浮かぶ心配。本当にタイミングが悪かった。

「もういいかい」

「もういいよ。」

おろした片手を腹部に回して抱き込む。くるくると捻じって纏められた髪が頬を撫でて擽ったく、綺麗な薄い銀色にウタから移った雫が毛先を揺らして落ちた。指の背をがじがじと噛まれている柔らかい痛みを感じながら、抱き込んだ片手で腹を辿り胸を包んだ。ふにふに。

「雨。」

「うん。…どしゃ降りだね」

「?」

「どしゃぶり。雨がいっぱい降ってること」

「どしゃぶり。」

理解して再開される甘噛みが、治まった情欲を焚き付ける気配がする。噛むという行為――本人はじゃれているだけでも、ウタにとっては愛撫だ。僅かな痛みが心地良い。

ふう、と溜息をついてその肩に噛み付く。情事中の様に理性がぶっ飛んでいる訳ではないから、ごく優しく柔らかく。辿った首筋が甘い香りで脈打った。

「…襲ったら怒る?」

「?」

なあに?と止まった甘噛み。ずっとふにふにしていた手できゅうっと飾りを摘むと、苛められた仔犬の様なきゃん!とした声が響いた。

「や!」

「…イタイ」

がりっと思い切り噛まれた指の背。思いの外大激怒された。心当たりはある、さっき挿れる前に散々弄ったからだ。ふーふーと珍しく怒るビビを観察しながら、ただのふにふにへ戻す。ふにふにだと怒らない。力一杯に噛んでいた指の背をあっさり放し、労わる様に数度舐めてからまた甘噛みが始まった。面白い。

「えい」

「きゃふっ」

また隙を見て摘まんだ飾り。案の定きゃんきゃんとした声でビクつくビビは甘噛みしていた手を放り、胸にある手を引き剥がしてがぶりと噛み付いた。怒ってる。

「ワンコみたい」

「やうぅ…っ」

今度は放られた手で摘まんでやれば、ぎりぎりと噛み付きながら弱々しい声で身を丸めてしまう。剥がそうと引っ掻くビビの手を無視して粒を苛めるという、どっちが先に放すかまるでチキンレースの様な状況に、ウタは唇のピアスをかちりと噛んだ。絶対に勝つ。

噛まれたままの手を動かしビビの視線を外側へ向かせる。意地でも食らい付こうとそっぽを向いたままのビビにはウタの顔が見えない。

そのまま胸を下から押し上げて身を屈ませれば、唇は容易に届いた。

「や…っ」

ちゅう、と含まれた粒を舐められては噛み付いた手も離れ大きな喘ぎが響く。飾りを柔らかく噛まれて震える身体はもう完全な敗北を示していた。

「はい。ぼくの勝ち」

「う…ぅ…」

ふにふに。
ぐったりとウタに身を預けるビビの頬は赤く、じんわりと涙が滲んでしまっている。仔犬と大型犬の戯れでは分が悪かった。

はふはふと呼吸を逃がすビビを尚も押さえ付けて、勝者のウタはその首筋へ唇を寄せる。

「もう1回えっちだね」


灯盗蛾の焚き付け


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