ソファに座するウタの足元。挟まれる形でちょこんと座り込むビビは、じっと一点を見つめる。

「くる?お膝」

「うん。」

そう言いつつ動かない生返事のビビを見下ろしながら新鮮な腕に噛り付くウタは、ビビの視線を受ける物体を焦らしの手付きで撫でた。

茶色いコーヒー豆がぎっしりと詰まる瓶。ビビのおやつ。見つめる瞳孔はきゅっと閉まり、ウタの腹へ寄り掛かるコーヒーの瓶を物欲しそうに見つめては催促する様に手元のタオルケットを捏ねる。

何故ビビのおやつがウタの腹で寛いでいるかについてはとても簡単で、ウタが食事をしている間にビビが離れない様にする為の人質だ。チェストの足を猫足にしてやってからというものの、暇さえあればチェストの足を覗きにいくビビ。現在の優先順位はウタよりもチェストの足だ。

そんなビビにチラ付かせたのは、いつもウタの手によって行方不明にされるおやつ。ビビの自力では決して見つけられないおやつ。ウタの手元にこのおやつがある限り、ビビはおやつ欲しさにウタの傍を離れない。頭の中はおやつでいっぱい。

さっき一粒もらったきり閉ざされた瓶の蓋。焦れたビビがソファに手をついて身を乗り出し、すんすんと鼻先を寄せる。手は出さない。ただ鼻先を寄せる。じぃっ、とビビを見下ろすウタの口元から血が滴り、彫られた墨と混ざる様に腹へ筋を引いた。おやつのすぐそば。

「ウーちゃん、」

「はい」

「もういっこ。」

ぽた、
垂れた血液がビビの頬に落ちる。自分は運命の中で死んだ人の肉しか口にしない癖に、ウタが人を殺して肉を喰しても何も言わない。その血が頬に落ちても気にしない。ただおやつを強請る。瓶を退けて身を屈めたウタがその頬を舐め上げるが、血に濡れた舌では赤が広がるだけ。ソファから手を下ろしたビビがまた “待て”の状態で座り直した。

「…一個だけ?」

「うん。」

相変わらずの適当な返事。一粒強請ってはまた一粒。これを永遠と続けるのがビビのおねだりだ。ビビが焦れれば焦れる程ゴワゴワされるタオルケットはクタクタになり、しまいにはウタとビビの汚れを拭われた。

そわそわと落ち着かないビビはついにおやつへ手を伸ばす。上目でウタを窺いながら、ゆっくりとゆっくりと。

「いらない?…おやつ」

「や…。」

ビビの目を見つめたまま首を傾げるウタに気圧されて、そろそろと手を戻してタオルケットを丸める。イトリの援護がなければ弱いビビは、ふに禁対決のようには振る舞えない。

「いっこ…。」

コーヒーの豆を一粒強請るのに、やけに申し訳なさそうなビビが首を反らせて鼻先をくっ付けた。キスをしてこない事を見ると殺した人間の血を嫌っての事だろう。

恐る恐るの “いっこ”に絆されたウタは喰べかけの腕を置き、やっと、やっとおやつを手に取る。じ、っと見つめるビビは丸めたタオルケットに手を沈めて身を乗り出し、期待を抑えられない。

キツく閉められていた蓋があいて初めて鼻に届く香りはまさにおやつ。くたーっと力の抜けたビビが萎れた花の様にソファへ伏せた。

「わ、またふにゃふにゃ」

怠そうに顔を上げたビビはソファに手をついてふわふわする身を乗り出す。ウタの足元で膝立ちする様は宛ら犬で、摘まんだ一粒のコーヒー豆を鼻先に差し出した。

「“待て”だよ」

「、」

まるでキスする様に寄せられた唇へ待ったをかける。いつも口付けてくるビビを客観的に見たらこんな感じなのかなと妙な気分だ。しょんぼりとソファに伏せた頭を撫でてやると、ビビがその手首に噛み付いた。催促の甘噛み。

「食べたい?」

「うん。」

「何個?」

「いっこ…。」

やはり申し訳なさそうな“いっこ”。

よし、と解除された “待て”が指先を運び、やっとビビはおやつを口にした。その手を逃がさない様に両手で掴み、小さな粒を捕まえる。カリカリと小さい音をたてて食べるビビがあまりの美味しさにタオルケットを捏ねてウタの内腿へ頬をくっ付けた。

「…そんなに美味しいかなぁ。コレ」

「おいし…。」

基本的にはそのまま食べるより飲む方が好まれるし、ウタ自身もそう。一粒食べてみても、へろへろになる程美味しいものではない。

もぐもぐと咀嚼するウタの唇をじっと眺めたビビが身を起こして顔を近付ける。自分のご飯を食べ終わった犬がおかわりを催促する様な目で。待てをしているまでの従順さはどこへやら、身を弁えずウタの膝上に座り込んでその両頬を包むから、満更でもなさそうに腰を抱き寄せるウタが勿体ぶって舌を出した。砕けたおやつの乗った舌のお皿。

口にしていいのか判断に迷うビビはウタの目を窺ってから、恐る恐るその舌を口に含む。あむ、あむ、と少しずつ深く含むビビは、ウタが肉を喰していた事など忘れてまたとろりと骨が抜けてしまう。

「!」

罠にかかったビビの首をウタが強く引き寄せると、咄嗟に肩へ手をつき腕を突っ張ろうとするが、ふにゃんと折れた腕はウタの首元を撫でるにとどまり乱暴な舌がおやつをお届けする。ビビを抱えたまま巻き込む様に倒れ込んだソファの上、喰べかけの腕がコロンと落ちた。

「んー…っ」

肘掛けを背に追い込まれるビビはおやつの擽りにぞくぞくと身を震わせ、何処へ逃げたって捕まる舌から伝う蜜を飲み下すのに精一杯だ。おやつに釣られるんじゃありませんというウタの意図にもきっと気付けないであろう程に骨が抜けて抵抗出来ないでいる。ウタはもうビビの首を支えて覆い被さっているだけで少しの力も込めていないのに。

酷い水音をたてて離れた唇は唾液の糸を引き、ぷちりとビビの頬に落ちた。ふうふうと繰り返す呼吸、ビビの知らぬ間にふにふにと胸を弄ぶウタが些か心配そうに口を開く。

「……おやつで釣られたらヤられるね」

「、…?」

「マタタビ嗅いだ猫みたいになっちゃうし…心配」

すぐそばで鳴らされるおやつ瓶のカラカラ。親指でずらした蓋は香りを運び、またビビがくにゃりと身を捩らせる。

――…躾し直さないとダメかなぁ。


床に落ちた腕も頷いた気がした。


おやつの取り扱い免許


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