酔っ払ったゴム宅配業者イトリの襲来。当然の様に居座られそのままお泊り。それはもう、それはもう、――それはもう大変だった。

ウタを放ったらかしてイトリに付きっ切りのビビは、普段は全く使わない自室で大喜びのパジャマパーティ。あろうことかそのまま2人で寝る始末。寂しがったウタがベッドに潜り込んでも、ふにふにしても、後ろから抱き付いても、無理矢理にキスをしても、ずうっとイトリにくっ付いたまま。

朝になってお出掛けすると大騒ぎした2人は大雪も気にせず腕を組んで遊びに行ってしまうし、置いてけぼりをくらうし、ビビを取られてしまうし、本当に散々だ。白鳩の存在がある以上、たとえウタ自身が一緒だってあまり外へは出したくないのに。

ウタのお洋服を着せて、ウタの香水も振りかけて、白鳩の危険性を説いて、お金はばら撒いて大変な事になるからカードだけ持たせて、連絡はゼッタイと念を押して、日が落ちるまでに帰ってきてと何度もお願いをして、あれこれ世話をやいても愛情の不安は尽きない。

この友人の訪問からビビがきちんと帰ってくるまで、ウタに心休まる瞬間など一つの瞬きとしてなかった。



大雪に託けてクローズされたスタジオ。変な物をたくさん買い込んできたと思われるお買い物袋は、夜までお預けとばかりにウタの手によって寝室へ運ばれた。

様子見の為に黙ってはいるが、なんだか変な匂いもしているし、こっそり買ったらしいおやつの匂いもしている。そして大事な袋を追ってそわそわと後ろをくっ付いて居た筈のビビは、ウタがリビングに戻ってマスクを弄り始めてもなかなか戻ってこない。寝室に篭っている。

やっとイトリから取り戻したビビ。今すぐ連れ戻したい気持ちを我慢してそのまま様子を窺っていると、ややしてウタの鼻が強まる異臭を捉えた。鼻が痒くなる様な、変な匂い。寝室からはビビのくしゃみも聞こえる。

やっぱり変なこと始めた、と向かった扉の先では

「…」

ベッドの上で横たうビビが食パンと遊んでいた。食パン丸々1斤。それが3個。3斤。1つは袋が剥かれ、ビビにじゃれ付かれている。くんくん、匂いを嗅いではブランケットにぐりぐりと鼻を擦り付け、またくんくんと匂いを嗅ぐ。

サイドに跪いて覗き込んでみたタオルケットはパンくずまみれ。

そんなの気にせずなビビは袋入りの食パンを抱いてうつ伏せ、全裸の食パンをよしよしと撫でている。鼻先を寄せて、頬を寄せて、随分な可愛がり様にウタの眉はしょんぼりと下がった。食パンは構って貰えるのに。


「浮気…」

「?」

ふんにゃりとした胸に押し潰されている幸せな食パン。そいつの袋をギュッと掴んで引っこ抜き、後ろに放る。

ぽん、ぽん、ころころ。
遠くの床を転げたそれ。

「…。」

身を起こしたビビは行方こそ目で追ったが、手元に残った2匹の食パンとを交互に見比べてまた身を伏せた。拾いに行く様子はない。もう1匹の袋入りを引き寄せて抱き抱えると、頬を乗せてウタの動向をじっ、と窺っている。おっとりと瞬く態度はウタの気持ちなど少しも理解していなそうで、もう1つの全裸食パンに伸ばしたウタの手は案の定ニットに隠れた手でタシ、と咎められた。

つん、尖る唇。身を起こすのが面倒なのか食パンの方が大事なのか、いつもの様に吸い付いてもこない。袋を留めるクリップを緩く噛みながらただ眠そうにじっと目を合わせて瞬くだけで、指を絡めたいと袖の中へ潜り込んでも、手を胸元に畳んで逃げられる。ぱちり、ゆっくりな瞬きと一層強く抱き締められる食パン。このままじゃビビが食パンにとられる。

「…ビビはぼくのだよ」

ぷす、全裸の食パンに突き刺した人差し指はビビの好きそうなゴワついた耳を突破してふわふわな生地に包まれた。ぐにぐに、中を掻き回すと出来る空洞は重症。

キスは無視したくせに、食パンを助けようとビビは身を乗り出す。太った猫の様にのっそりと。

食パンにくっ付いて不思議に蠢くウタの手をじっ、と見下ろして傾げられる首。先ほどウタの手をそうした様に、カタカタと揺れる食パンを上からタシ、と押さえた。そのままコロンと引き寄せ、指の抜けた穴を覗き込む。またのそのそと身を伏せて抱き込んだ食パンは少しだけ固くなっていて、ビビは労わる様に優しく撫でた。

「かわいい。」

「ぼくは嫌い…どっかやってよ」

「一緒いる。」

「だめ。どっかやって」

「や。」

頑として離さない。

とはいえビビは今、全裸の食パンに興味が向いているから袋入りの奴は背後で転がったまま。大事そうにパンを抱えたビビを宥める様に撫でてやると、少しずつ解かれる警戒。パンに頬を預けてうっとり目を瞬いた。

心地良さそうに伏せられた目を確認して背後の袋入りに手を伸ばすが、

「や…。」

もっと撫でて、催促する様に袖口を掴まれる。再度もさもさと癖のある髪を撫でてやると、満足した様に抱き込んだパンへ頬を乗せた。

「よくばり…。そんなんじゃぼく、他所にいっちゃうよ。…知らないから」

「…?」

ベッドサイドから覆って覗き込むと甘える様に瞬かれる睫毛。知らないから、なんて言ったのはウタ自身なのに、まだこの食パン共を何処かへやる手段を考えている。近日中に仕上げなくてはいけないマスクもいくつかあるし、早くビビを連れて作業に戻りたい。

もさもさと撫でたままビビに頬を寄せると、当たり前の様に視界に入る袋入りのパン。

うっとり夢心地なビビに誘う様な口付けをして、ツンツンと立った袋を引っ掴んだ。

ぽーん、遠くへ飛んでいくビビの食パン。ビビはねっとりと絡められた舌に夢中で気付かない。

生き残りはあと1匹。


第一次食パン戦争は続く。


茶色のペット


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