「にゃんこ。」 「どこ?」 片手に注射器、片手にバイアルを持ったウタがビビの持つゲーム機を覗き込む。ビビの村で犬っころの住民以外はイトリや四方などの知り合い、あとは誰だかわからないランダムのプレイヤーくらいしか見かけたことがない。犬っころしか居ない村で猫といったらかなりのレアだ。ところが画面を見ても、猫の姿は見当たらない。 タバコの灰を落とす様に親指で注射器を弾くその手をビビがじっ、と眺め、そしてのそのそとウタの背へ手を伸ばした。 さすさす、撫でられる背中。 「ん。」 「…。……ああ、猫背ってこと」 「ウタ。にゃんこ。」 こくん、頷いたビビが注射器に興味を移し、背を撫でていた手を伸ばす。それを高く上げて遠ざけながらピアスを舌先で撫で、ウタは少しの思案を浮かべた。 「ビビと出会ってから、」 「うん。」 ポケットにバイアルを落とし、尚も注射器を追い掛けて跳ねようとするビビの腰を抱き押さえる。手首にストラップを巻いているおかげで辛うじて落ちずに済んでいるゲームから、何かの虫が飛び立つ音。 「猫背になった気がする」 「?」 「…絶対にそう」 それでも跳ねようと頑張るビビは元々弱い足元をフラつかせてよろけ、ウタの胸にぺたりと凭れかかってしまう。しっかり腰を抱く腕はきちんとその身を支え、ビビはもう一度自分の足でバランスを整える事ができた。肘付近でブラブラするゲームから今度は住民の足音が聞こえる。 「や?」 「ヤじゃないよ。屈まないとキスできないし」 「ちゅう。」 「はい。ちゅう」 抱く腕を緩めると持ち上がる踵。あまり意味がない程少しだけ近付いたその唇に、ぷにっと柔らかくご挨拶。結構屈むこの体勢は、きっと猫背の原因。 あむあむとじゃれ付くビビの髪を撫でてからまた腰へ手をやると、よろよろ、とよれた足が踵を着いて少しだけ唇が離れる。屈んでウタが近くなったからと、なでなで頭を撫でてくるビビに薄く笑ってもう一度だけ唇を触れ合わせた。ちゅ、と吸い上げる唇は赤々しくてぷにぷにで、ウタの大好物だ。 鼻先を擦り付けてくるビビはもう、ダラリとおろされた注射器には興味がなさそう。 「にゃんこさんはいないの?ビビの村」 「およふく屋さん。にゃんこ。」 「…そんなのあった?興味ある、あとで見せて」 ぎゅうう、っと抱き込んだまま視線を斜め上にあげても、猫がいた記憶はないし、洋服屋も見たことがない。ひょっとして自分でデザイン出来たりするのかなと気になったが、とりあえず寛ぐ前にデザートを作りたいと、もさもさ撫でたその頭に唇を寄せてから身を離した。 すぐそばのカウンター。脇に潜り込んで邪魔をしてくるビビから遠ざけて、バイアルに注射針を刺し込む。胸にぐりぐりとじゃれ付かれて揺れる手元。 「はい。それではビビさん、グラスを捕まえていてください」 「はい。ウタ。」 くるり。 すぐ様カウンターへ向き直ったビビが両手でグラスを押さえる。血液の入ったそれを揺らさないように、じっと。 注射器から一滴だけ雫が落ちるのを見届けて、ウタからの指示がくる前にゆらゆらと揺らした。後片付けをするウタそっちのけで、ひたすらにゆらゆら。 そう時間も立たず血液はゼリー状になり、グラスの中をぷるぷると移動する。ウタのデザート。スプーンを添えれば完成。 「できた?」 「できた。」 「ん。あっち行こ」 グラスを取り上げたウタに、てこてこ着いていくビビは辿り着いたソファでも当たり前の様にウタへ引っ付く。もぞもぞと膝に乗り上げて物欲しそうに見つめるのは、ウタのぷるぷる。 「ビビは食べらんないよ。…美味しくないし」 「いっこ。」 「調子崩すからダメ」 美味しそうに見えるこのぷるぷるはラッセルクサリヘビの毒によって凝固された血液ゼリー。たとえ一滴だけだとしても癖があるそれは喰種にとってのゲテモノデザートで、体質に不安がある上に人間の食べ物も苦手なビビが口にするにはハードな代物。それにビビはウタに内緒でおやつを買ってきた悪い子な為、ここではお預け。 今回ももらえないと悟り諦めの顔でゲームを引っ張りだしたビビは、それでも時折ぷるぷるを眺めた。見る度にスプーンで削られていく。 かちかち、画面をノックするタッチペンは哀しそう。 「そういえば…ビビさ、蓮示くんには言わない方がいいかもよ。プレゼント売り払ってること」 「?」 「彼、あたま固いし…お説教されるのイヤでしょ?血酒なんて飲まれたら長いよ、蓮示くんの話…」 スプーンを咥えたままもごもごと喋るウタを見てから、ビビはやはりぷるぷるを見る。話なんて頭に入ってこない。ぷるぷるの残りはあと少しだけ。 ビビからゲームを取ったウタが時折村に訪れるという猫の洋服屋さんを構うのを見て、傍へ置かれたグラスへとのそのそ身を乗り出した。が、引っ張られる手首。巻いたままであったゲームのストラップがビビの悪事をウタに伝え、じっと見つめてくる赤い瞳と目が合う。 「………や。」 「…まだなんにも言ってないよ」 いつもならビビのおやつでぷるぷるから気をそらすが、お預け中の為それもしない。ビビには少し我慢が必要。また画面に目を落としてしまうウタに見捨てられた気分になったビビは、額を寄り添えて一緒に画面を覗き込む。 ちらちら見上げてくる悪い子の額に唇を押し付けてからグラスを引き寄せ、ビビを惑わすぷるぷるの残りを飲み干した。せめてどんな味か知りたい、赤の残るグラスなど見向きもせず唇を強請るビビに重ねるだけの口付けをする。舌を出せと催促してくるビビをしれっと無視したウタは自作の洋服をつくる為タッチペンを滑らせた。するする舐められる唇が擽ったい。 「んん、んーんん?」 「? なに?」 「細いペンて、 」 あむ。 余計な会話は無価値と早々に押し付けられる唇。舌を入れられる前に素早く閉じると、焦れてあぐあぐと唇が噛まれた。相変わらずの催促で唇を撫でる舌はふにゃふにゃに柔らかく、割入ってくる事すら出来ずに立ち往生。 そのままビビを抱く様にしてゲームを続行する。 「ん。んーんんーん」 「なに?」 「蓮示くん来」 あむ。 喋らせてもらえない。 ふふ、と笑ったウタを咎める手がぺちっと腹筋を叩き、焦れに焦れてカリカリと引っ掻く。 唇に噛み付かれたまま進めるゲームの中で、もう一人の来訪を告げる電車の音が聞こえた。 唇のご静粛に |