- イトリと -


「イトリ。みて。」

「……聞かなくてもわかるわ、これウーさんが描いたでしょ」

ビビの示す画面にはこのゲームに似付かわしくない凝ったデザインのお洋服。この狭い画面とタッチペンで、どうやって表現したのか考えたってわからない程よく描けている。HySyの店主ともあろう男がゲーム相手に本気を出したようだ。四方こそは嫌々のプレイだが、ウタ、ビビ、イトリ、その他数名はかなりハマっていてあーだこーだ協力しあっている。

今だってそう。ほとんどイトリ専用となりつつあるビビの自室では、ぼんやり光る二つのゲーム機。ベッドの上でゴロゴロするビビはイトリに体を擦り付けて匂いをもらい、うつ伏せたままビビの村で虫取りに興じるイトリは知らん顔でひたすらにオオクワガタを探し求め、一攫千金を企んだ。

ビビの村は夏、イトリの村は冬。自分の村に帰ったら虫取りが出来ない為、ここでがっぽり稼いでおきたい。

「ほらビビ、手伝いなって!」

「のに?」

「ノミは70ペムでしょ、いらんわそんなの。狙うは10000ペムのオオクワよ」

いたら教えな!そう意気込むイトリの隣にぴったりうつ伏せたビビがゲームのストラップに手を通す。プレイする時は必ずヒモを通すこと。ウタとの約束。

イトリの為にがんばりたい。のにがいたら教える。

よし、と向き合った画面。

「イトリ。」

「なんだね」

「ない。」

「そら簡単には見つかんねーわよ」

「かちかち、ないよ。ビビのえんぴつ。」

さっきまで持っていたタッチペンがない。

ごろん、
やる気が抜けた様に寝転がったビビは警戒心も何もなくお腹を上に向ける。そのお腹をイトリがくるくる撫でて周りを見回すが、当のビビは心地良さそうにウトウトと瞬き、はふ、と小さなあくび。ウタとはまた違った撫で方がとても気持ち良い。極楽。

「オオクワ探す前にまずタッチペンかい…。起きろバカ犬。お腹出して寝てんじゃないよ」

「や…イトリ叩く…。」

「し!ウーさんに聞こえる」

ぽこん、
イトリの細い指にお腹を叩かれてのそのそとうつ伏せたビビが、またイトリに身を寄せてその肩へ頬を擦る。

「ウーちゃんおでかけ。」

「わかんないよ〜?出かけたフリしてまだいるかも」

イトリに見張りを頼んで遊びに行ったウタは確かに居ないはず。くんくん、と鼻を効かせてもあっちこっちからウタの匂いがするし、よくわからない。なんとなくで匂いを辿ると敷いているタオルケットに辿り着き、ぺらりと捲った所にウタ、ではなくビビのタッチペンがあった。

「お。ビンゴ。今日は冴えてるねぇビビのバカ鼻」

ビビがこんなモノの嗅ぎ分けが出来るはずない。マグレと知っていながら茶化すイトリはボタンを押して虫網を振り下ろし、2000ペムのクワガタをゲット。

ウタの匂いがするタオルケットに鼻を擦り付けているビビはまたゴロンしそうで、イトリは腕を絡めて身を寄り添えた。あぐあぐと甘噛みされる二の腕が少しだけ痛いが、愛情表現と知っているから怒りはしない。ひたすらに網を振り下ろし、ペムを稼ぐ。

ゲームに向き直ったビビが自宅に戻るのを覗き込んで、イトリはパチパチと瞬いた。

「なんか家デカくなってる。ビビちゃん借金返せたん?」

「ペム。ウタがんばった。」

「…ほんとマメだよあの男」

「みて。」

た、た、た、
ゲーム内のビビがとある像の前で立ち止まる。キラキラと光る黄金の像。ばしばしと虫網で叩かれるそれは、ウタの借金返済を記念して建てられた像。

「ウーさんすっごい!輝いてる!」

げらげら大笑いするイトリはまだ借金返済まで至っていない。だからこそ一攫千金を狙っているわけだが、イトリの場合は借金を返す前に家具やら壁紙を買ってしまう為、オオクワを1匹2匹捕まえたくらいでは到底追い付かないだろう。

これで協力し合うウタ、ビビ、イトリ、四方、ニコ、ロマの中で借金返済にいち早く辿り着いたのは、最もゲーム参戦の遅かったウタとなった。

四方に関しては形だけの参戦ともありプレイしている内容がまるで謎だが、その他はそれぞれ皆に特徴があり傾向はバラバラ。ウタは裏で何をやっているかわからないとはいえ、一応は堅実に課題をこなしゲームの中でさえビビを養っているし、イトリは兎に角ペムを荒稼ぎしては闇商人からレアな家具を買い付けている。ニコは村中のオスにお手紙を出しているという噂を住人に流されていたし、ロマはひたすら住人を川に落として遊んでいる様だ。

返す借金もなくなったウタとビビは現在、はにわの発掘に励んでいるらしい。

「ったくどーやって稼いだんだか。人身売買とか汚い手は使えないはずだけどねぇ、このゲーム」

ボヤきに乗せて虫網を振るが、ビビに手の甲を噛まれていて画面が見えない。もさもさの銀髪に頬擦りをすると案の定また構ってもらえると思ったビビがごろりとお腹を見せ、撫でて撫でてと強請った。

その服をぺらりと捲り、痕だらけのお腹にちゅうーっと吸い付く。

「?」

「イトリ印よ。大事にしな」

「イトリ?」

「ホラここ、おヘソの下」

「うん。イトリ。」

ぽち、と細長いイトリのキスマーク。傷になっているわけでもなく、痛みもない。ウタ以外がやっても赤くなるんだと知って少しの驚きを見せたビビは、お返しにとのそのそイトリへ唇を寄せ、その首筋をがぶりと噛む。どんなにキツく噛んでも、決して痕はつかないけれど。

「ほぉ?キミ達は普段そーいう感じかい?」

「? もっと?」

首に腕を回して力いっぱい噛み付いてくるビビを見て、ニヤニヤするイトリは不粋な詮索心がやまない。ウタの肌にはいつも傷一つ付いていないが、一応ビビもやり返してはいる模様。甘噛みばかりかと思えばそうでもないのねと、新たに掘り出した友人の一面はまたイトリの情報コレクションとなった。


「そういやアンタ、食パンどした?」

「ぺしゃんこ。」

「もう1匹いたじゃん」

「お風呂。いないになった。」

「おやつは?」

「あるよ。イトリたべる?」


放られたゲームのそば、親友同士のくだらない会話は続く。


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