そわそわ、コソコソ。
落ち着かない様子でいつでも真っ暗な自室から出てきたビビ。その手にはお化けカンテラ。暗闇の中ではぼんやりと灯っていたそれも、多少の明るさがある場所では用なし。

そわそわ、そわそわ。
振り返りもう一度確認するクローゼットはきちんと閉まっている。匂いもしない。大丈夫。灯りを落としたお化けカンテラを壁に飾られた手首へと持たせて、ビビは自室の扉をパタリと閉めた。

これでいつウタが帰って来ても大丈夫。だけれど、そのウタが戻ってこない。スタジオが閉まる時間は過ぎた。ところが、ウタは戻ってこない。

目をやった時計は確かにその時間を過ぎているし、顔を出さないように覗いたお外は暗い。なのに、ウタは戻ってこない。ビビの元へ戻ってこない。

スタジオに降りようかとも思ったけれど、だめ。がまんの時間。

すんすん、寂しがって鳴く鼻はウタを呼ぶ。

でも、戻ってこない。

「…。」

戻ってこない。こうなったら日付が変わるまで戻ってこない。戻ってこないなら…。

振り返る自室、誘惑の扉。

ビビの喉が、こくりと鳴った。





サボりの反動かすっかりマスクの縫製にのめり込んでいたウタは、まだ開いてて良かったと安堵をしながら訪れたお客さんによりクローズ時間を少し過ぎていると知った。

マスクを壊す喰種はたくさん居るし新しいマスクを求める喰種もたくさん居る。あれもこれもと手掛ける内に時間を忘れるのは、直そうと思っても直らない癖だ。ウタ自身は楽しいから良いのだが、程々にしておかなければビビを構う時間がなくなってしまう。

ずっと閉じ込めっぱなしで一人での外出は許していないし、屋上に出る事も禁じている。ましてや今日は予約での来客、つまり事情のある危ない方達が多かったからビビは一度としてスタジオに降りて来ていない。ずっとひとり。寂しがってクローゼットに籠城するか、ふて寝をするか。何かしらあるとは予想の内。


そして案の定、そしてついに、ビビがやらかした。

ウタと二人の寝室にばかり潜り込むビビは、イトリのお泊り以外はお掃除かピアノと遊ぶくらいにしか自室に入らない。当然、扉の鍵だってしめない。部屋に入られて困る事など何もないから。

イトリも居ないのに閉じ籠ったビビのお部屋。ウタが鍵を持っていると知っているのに施錠された扉。それは、悪い事をしている自覚があるという証拠。難のない解錠のあと音を立てずに近寄るベッドは分厚い天蓋がきっちりと閉められ、ビビの悪事を隠している。それでも漏れ出すおやつの匂い。

そっと忍び込んだその中ではカンテラの灯りが頼りなくビビの銀色をオレンジに揺らしていて、カリカリカリ、聞こえる小さい音。

お尻まですっぽり隠すもさもさの髪は、まるでただの毛玉だ。おやつの上でゴロゴロしたらしく、もさもさの髪にはおやつがたくさん絡まっており、まあるく伏せて悪い子をしている。

イトリとのお出掛けから始まりおやつを隠し回っている期間を考えれば、長い間我慢した方だとは思う。夢中になれるゲームの存在もあったのだろうが、それでも大好きなおやつをここまで我慢出来たのだから。いつ限界が来るか、いつ尻尾を出すか。待っていたウタは、ついにこの日を迎えた。

――はい。現行犯逮捕。


「よいしょ」

「!」

ベッドへ乗り上げると同時、覆い被さって確保した容疑者の毛玉。最大級にびっくりしたビビが目を見開いて逆さまに映るウタを見つめた。びっくりし過ぎて瞬きすらせず、もぐもぐしていたその口元はぴたっと止まっている。

「やあ。ビビちゃん」

ツンとした鼻先にゆっくりとキス。伏せに寄せられた谷間に引っかかるコーヒー豆を摘まんではビビの目の前で落とし、摘まんでは目の前で落とし、それを数度繰り返すと悪い子の目が恐れに瞬いた。薄く笑うウタの目を見つめたままに、もぐもぐ。こくん。遅すぎる証拠隠滅をして浅く息を吐きだす。

こんなに早く帰ってくるとは思っていなくて、どうしたらいいのかわからない。いない内に食べちゃえと思った。怒られる。ウタはきっと怒っている。言うことを、きかなかったから。どうしよう?

細かい瞬きの奥、じわっと滲んだ涙。力の入らないくたくたの体、黒くて大きな狼を刺激しないようにとゆっくりゆっくりモゾついたビビが、ころんっとお腹を上に向けた。逆らいません。ウタに従います。ごめんなさい。反省しています。ビビが悪かったです。ゆるしてください。降参の仰向け。絶対服従の意思表示。

目も合わせられずネックレスのプレートを両手で弄るビビ。寄せられたその胸を無言でぷにぷにと突ついていたウタが、其処彼処に落っこちている豆を拾って胸に落とす。ふっくらと丸いウタ専用のオモチャでころころと転がる様子をじっと眺め、また落とす。ころころ。

「…はい。問題です。悪い子をしたビビちゃんはウタさんに逮捕されてしまいました。ウタさんは怒っています。ビビちゃんのやらかしたおイタとは、いったい何でしょうか。どうぞ」

「、…ビビ…にほんご…。」

静かな威圧にばくばくとうるさい心臓は、言葉の理解が追いつかない。怒っていることはわかる。見つかったら怒られるとわかっていて食べたから、ウタが何てことはない表情をしていても怒っているとわかる。いま、ビビは怒られている。――うう、形にならない言葉。縮こまってぎゅうっと目を閉じた。

なかなか答えないビビを見下ろしてウタは首を傾げるが、一向に目が合わずにただ見つめる丸い曲線の横顔。肩に頬を寄せて怯える様子は本当に弱虫だ。いつまでたっても変わらない。この上下関係も。悪い子をしたら怒るよって、あれだけ言い聞かせてあるのに。ガマンできなかったんだろうなぁ、おやつ。かわいい。

するする、
胸から鎖骨を撫でていた掌で頬まで撫で上げ、その首筋へと顔を埋めた。まるで喰べてしまうみたいに。

怖くて跳ねた悲鳴に重ねられた時間切れだよの声。堰を切ったようにぼたぼたと滑り落ちる涙は反省で色濃く蒼い。

「やう、う…っ。」

晒されていた喉笛はビビよりずっとずっと強い雄喰種にギリギリと喰いつかれ、耳元にキスをされてはまたお仕置きをされる。ネックレスのプレートを弄くっていた手は邪魔と言わんばかりに払われ行き場を無くし、それでも怖くて彷徨ったのちに縋って背中へと回った。あぐあぐ噛まれる胸や首が水っぽい音をたてて痛んで、ビビは本当に喰べられてしまうと震え上がる。噛み付かれたところ全部にきちんとお肉がついている自信がなく、大泣きしながら背に回した手で薄い服をにぎにぎする事しかできない。

唇にほんの軽い口付けをしたウタがビビをひょいっと覗き込む頃には、反省を通り越してひくひくとしゃくり上げ、今にも過換気になるという酷い有様になっていた。

ウタとしては当然手加減をしていたし、そもそもこの時を待っていたのだからちょっとした悪戯心も入っている。もちろん皮膚も喰いちぎってなんかいないし、セックスをしている時の方がよっぽどキツく噛んでいるはず。理性も飛んでいるし、何より傷跡になるし。

ちょっと脅かしすぎちゃったかも。ふう、とついた溜息に一層、弱虫ビビは涙を落とした。

しかし、これだけで済ますワケにはいかない。もっと深く言い聞かせる機会をと、現行犯逮捕を待っていたのだから。

「…ごめんね。もう痛いことはしないから、聞いて。ぼくのお話」

んくんくと苦しそうなビビの涙を拭っておやつの埋まる髪を撫でると、指に引っかかった豆達がころころと灰色から脱出した。

ビビを惑わす茶色い悪魔たち。この方達の所為でビビはご飯を喰べた気になり、余計に次の食事が遅くなる。だから、毎回少しのおやつしかあげられない。どんなにビビが食べたがっても、コーヒー豆だけでは命の維持ができないから。お腹が膨れるわけでもないコレは、やはりただのおやつ。どれだけたくさん食べてもご飯にはなれない。

“おやつを食べるなら、ご飯も喰べなくちゃダメ”

いつもと同じ言葉をゆっくり言い聞かせたところで、ぱちぱち。瞬きのあと、首を傾げ視線を斜め上へ。

そういえばビビは、宇宙人を信じている。

思い描く像は一般的に言われるグレイで間違いない。人間と違う箇所は大きい頭と大きな目、そして肌の色くらい。グレイには手も足もある。

グレイには、手も足も、ある。

「…」


――イイコトを思い付いた。

きちんと言い聞かせようと思っていたけれど、作戦変更。くったりとする体を抱き起こして覗き込んだ瞳は、カンテラの灯によりぼんやりとした紫に濡れる。目を細めて笑ったウタが悪巧みをしているとは露ほども知らず、許してと擦り寄るビビは罠に足をとられるまであと数歩。

媚びる様に窺った先、リングで施錠された唇が悪い子をした。

「宇宙人のお肉、喰べる?」


悪い子の降参宣言


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