ウタの愛咬でいつもあちこち傷だらけのビビだが、今は裂傷はおろか吸い痕一つすらない。昨晩に噛み破られた皮膚だって寝て起きる頃にはもう真っ新。

ビビに治癒力が全くないとは言わないけれど、まともに食事を摂らない所為で節約生活を余儀なくされていた体は、器用な事にオートでの治癒をほぼストップしていたはず。ちんたら進歩のないような治癒を進めては治らない内に食い破られる、その繰り返しがビビの体だったはず。そのはず。今までは。

いきなり羽振りが良くなってどうしたのかというと、難しいお話でもなんでもなく。カツカツに切り詰めて極貧を耐えていた赫包は宇宙人のお肉によって十分過ぎる程のRC細胞を蓄える事が出来た為、またビビの意思に関係なくオートでの治癒をスタートし始めただけのこと。それでも、周りの喰種よりものろのろと遅い治癒である事には変わりない様だが。

この様に少しだけ器用な“Danzig”の血統だけれど、これはビビの指示ではなく体が勝手に行っているだけ。施設の中やウタの傍といった守られるばかりで戦う必要のない生活がビビの本能を飼い殺し、体内に流れる“Danzig”の血だけがなんとか頑張っている状態。ビビ自身は何一つ努力していない為、雑種なのに他の喰種よりもずっとずっと劣ったまま。

しかし、研究資料を何度も読んだウタは、ビビはできる子だと信じている。やればできる子だと信じている。ビビはやらないだけで、やればできる。きっと。

だから不測の事態に備えて、

ウタ指導の元、ビビの治癒力向上訓練が行われた。


「ここ」

ぽち。うつ伏せに寝そべったビビの腰元、ウタが指差す紫色の痣は独占のキスマーク。

ぐりぐり。3つある痕の内の1つ、ここだよと示す様に痛みを与えると、ビビにしては早いスピードでじわじわ治癒していく。他の2つは紫色のまま肌に残っており、ビビはウタに言われた通りの痕を消す事ができたようだ。

これはオートでの治癒をストップさせ、尚且つ自分の意思で特定の傷を治す訓練。きちんと扱える様になれば大きな怪我を負った時、擦り傷を後回しにして大きな怪我だけを集中的に再生させる事ができる。RC細胞の節約にもなるし、覚えさせておいて損はない。

他の“Danzig”に出来てビビにできないはずはないんだからと、指示通りに課題をこなせたご褒美として宇宙人の耳を手渡した。皮膚を剥がした剥き出しの軟骨。

意図的にオートを押し留めるだけでもビビにとっては高難度のため随分と難しい顔をしていたが、受け取ったご褒美はそんな課題大したことないと思えてしまうほどの大絶品。コリコリと大好きな食感を味わうビビは張っていた気をゆったりと緩め、身を預けていたクッションに頬を落ち着けた。

気を抜いた所為で治癒が始まり2つの痕が治されてしまうが、そんな事はひとまず置いておいて。コリコリ、宇宙人の耳はおいしい。

でも、のんびり休憩はさせてもらえない。ワンピースの背中を捲り上げられている所為で丸出しになったドロワーズのお尻を、ウタがぽふっと叩いた。ぽふぽふ、お尻で弾む手に居心地悪そうなビビがむぞむぞと身じろぐ。

「慣れてきたんじゃない?治るのも早いし、選択もできてる。…今のところはね」

「、」

「…次はむずかしいかも」

集中して、痛くするから。言葉と共に撫で上げられる背中へ唇が這い、ぞわぞわと擽ったい感覚がした。さっきの様にちゅうっと吸い付かれ、べろりと滑る舌は優しくて痛くもなんともない。

と、思ったら。

「――ぁ、ぅ」

がり、と噛み付かれた。横腹を伝って落ちる血をウタが追いかけて舐め上げ、破れた腰の肉をあむあむと噛む。いつもみたいに情事の麻酔があるわけではなく、愛咬されているわけでもなく、快感には決してなり得ないそれは只々いたい。じわ、と滲む涙が視界を曇らせて余計に痛く感じるが、力を抜くと皮膚の再生が始まってしまうから我慢。

ウタの舌がお肉をぐりぐり苛めて赤いのをちゅっと啜る。あぐあぐされる痛みの波に耐える為、息を詰めてクッションへと顔を埋めた。裂傷に潜り込む意地悪な舌先が本当に痛いし、それになんだかむじむじする。なんとか我慢してはいるけれど、でもむじむじする。

ウタが舌先で苛めるお肉のずっと奥、贅沢にRC細胞を蓄えたビビの赫包。がまんしなくちゃ、とモゾついたビビに意地悪をするように、ウタの手が太ももの裏側をむにむにと撫でた。むじむじする。

そのまま上へとするする撫で上げて、ぽち。傷ではなく痕の方を指で押し示した。

「これだけ消してみて。…イタイところは治しちゃダメだよ」

「…?」

すぐに離されてしまう指先。痛みも何もない痕は印にできる感覚が何一つなく、そばでジンジン痛んでいる傷ばかりに意識が向く。範囲が絞れない。その間もウタは傷口に唇を滑らせたりがじがじ噛んだりと邪魔ばかりしており、一つ瞬いたビビの目尻から涙がころりと転がった。言われた意味は分かるけれど、どこをどうしたらいいんだろう。むずかしい。

それでもやるしかないからと実行してみても、

やはり傷跡と鬱血痕の両方が治ってしまった。範囲は分けたつもり。なんとなくの感覚で、上手くやってみたつもり。痕だけ消してみたつもり。でも、上手にできなかったようで。

「…ビビはさ、もう少し…自分の体を知らないといけないかもね」

指についた血をちゅうっと含んだウタが、もう一度まあるいお尻を優しく叩く。ぼふぼふ。言葉の理解を飛ばすように少しだけ揺れる体。腰がかゆい。腰の奥が。とてもかゆい。

「や…。」

揺らさないで――。
一層つよくなるむじむじに手首の背をやんわりと噛むが気は紛れず、いきなり器用さを求めてしまった所為でぞわぞわと先走る体は変にやる気満々。一人でどうにかするのは無理そう。なんたって気が紛れない。訓練よりも今はむじむじをどうにかしないと。

とにかく、こちょこちょって引っ掻いてもらいたい。申し訳なさそうに後ろを振り返ったビビが、太ももに噛り付くウタへと懇願の眼差しを向けた。むちむちとしたお肉に噛み付いたまま上目に窺うウタと、腰を逸らして目で訴えるビビ。

「…こちょこちょ?」

「ん…。」

「いいよ、どっち?」

上?下?
意地悪に問うウタがゆったりゆったりと身を起こした。そんな事より早くやってほしいのに、ぽふぽふと面白がって叩くお尻。自分で撫でようと手を伸ばしても指を絡めて捕まってしまい、泣きそうなビビがすんすんと鼻を啜る。

「…上、」

「はい」

「や、ちがう…。」

「じゃあ下?」

「ん…。」

こちょこちょ、
丁度腰の下、尾てい骨あたりをウタの指先がカリカリと引っ掻きビビの昂りを宥める。ふう、一つ息をついてクッションへ身を伏せるがこの昂りは中々にしつこそう。目を伏せてみるけれど、ざわつく腰の奥はまだ鮮明。有り余るRC細胞が大暴れしていてビビは大変だ。

でも、このままゆっくりしていれば次第に落ち着いていくはず。

と、思ったのに。

「えい」

「!」

パカッ、忍んだ片手で開かれるおやつの瓶。ご褒美として控えていたコーヒー豆は洒落にならない悪戯。我慢して我慢して我慢していたビビの気が、糸切りされて地面へ落ちてしまう。

そうしてぼふぁっと飛び出すビビの尾赫。

「アハ、出ちゃった」

キツネの尻尾によく似たそれがひょい、と首を傾げたウタの頬を勢い良く掠っていき、ぼわぼわと静電気を蓄えたように膨張している。本来は硬質といえど余りに細い針が密集するそれは宛ら尻尾。ビビのぼわぼわ。ぎゅっと掴んでにぎにぎするウタを恨めしそうな目で見るけれど、攻撃性など少しもない赫子はとても素直。毛並みを整える様に撫でられてまんざらでもなさそうに揺れている。

出てしまえばスッキリするもので、むじむじはどっか行った。どっか行った、けれど。これは酷い裏切りだ。我慢をする為にこちょこちょを頼んだのに、ウタはわざとおやつを開けた。それも開けただけ。いっこも食べさせてもらえない。

ぼわぼわが出ちゃっただけ。

もうきらい。

「…。」

しょんぼりと、でもどこかツンとした様子のビビが尾を振って心地好いウタの手とさよならをし、そのまま自分の方へくるりと回しこむ。

「怒ったの?」

「や。」

尾を枕代わりにして頬を乗せたビビはそのままソファで寝る体勢に入った。ウタが静かになった頃に起きて、もっかいお風呂に入って、また一人で寝る。目覚ましなんていらない。べたべた触られた体も綺麗にゴシゴシ洗う。大丈夫、全部一人でできる。丸まってワンピースの裾を直し、拗ねるように瞼を閉じた。

ごめんね、起きて、怒らないで、

何も悪いと思っていない様な声で謝るウタは、とても悪い子。ゆさゆさと揺らされ、唇を押し付けられ、ふにふにされ、また唇を押し付けられ、舌を突っ込まれても、

もうしらない。このまま寝る。えっちもしない。


明日も一日お話しない、絶対に覚えておかないと。忘れないように覚えておかないと。

肩紐をスルスルと下ろすウタに背を向けて、ビビはぼわぼわをぎゅうっと抱きしめた。


極貧の点ぽち

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