「ウタ。」 「…はい」 「ビビことかまう。」 昨晩は喧嘩らしき雰囲気を匂わせてふて寝までしていたのに、かちかち、耳のピアスに齧りついてひたすらにウタを可愛がるビビ。マスクを弄る手元が揺れようがお構いなしにぎゅうぎゅう後ろから抱き着くその姿に、怒っている様子は少しもみられない。 ビビとお揃いにしてくるくる巻かれた黒髪をはむはむ啄ばんで、ゆったりとしたウタの服をびよびよ引っ張って、またかちかち噛み付いて、もう好きで好きでたまらないと訴えるように頬を擦り寄せた。怒っているどころか、ウタを嫌いに思っている様子など欠片もみられない。 昨日の予定では今日1日もウタを嫌いでいるはずだった、のだけれど。 結局はあのあと、一緒にお風呂に入り仲良くベッドに入り、最後はべたべたじゃれ合っておやすみをした。 ビビの機嫌が直った瞬間を抜き出すのならば、ふて寝の段階。ふて寝、お風呂、おやすみ、3つの内まったく初期の段階。 というのも、ビビがふて寝したあと、ウタは無理に起こす事はせず大事に抱き込んで添い寝をしたわけだが、二人が寝ていたのはほんの数十分程度だ。そう時間を置かずに目を覚ましたビビはその時点でもうケロっとしており、すやすや深く寝入っているウタのお腹を丸くした手で掘るように引っ掻いて起こした。寝起きのあまり良くないウタを、申し訳なさそうでありつつも我儘に掘り起こした。 もうこのまま寝ちゃおうよ、とむにゃつくウタにふにゅふにゅ唇を押し付けて起こし、おんぶして、とダラダラのし掛かるウタを頑張ってバスルームに連行し、そして憤りなどすっかり忘れてウタと仲良くじゃれておやすみ。 その後も再熱して怒る様子はなく今に至る事から、いつも通りビビの喧嘩腰は長続きしなかった模様。寝ている時間も喧嘩持続に含めて良いのならば、それでも最長記録かもしれない。どうしても数分しか憤りを持続できないビビにとっては数十分でも大記録。 こうして、毛玉の様に丸く丸く治まった喧嘩後の二人は朝からずーっとべたべたくっ付いている。主に、怒っていた方のビビが。 「んー。揺れる…」 「ない。」 「揺れるよ…。ほら、見て。はみ出ちゃった」 ちょんちょん、マスクの横っちょを指し示す黒い色の爪。羽交い締めのようにウタを抱き黒髪に頬擦りしていたビビは、一時的にそこへ興味を移したようでぐいぐい身を乗り出してミスの箇所を探した。 赤いお鼻とニッコリ笑った口、ピエロのマスク。頬に走る亀裂には滲み出す様な青い色が見え隠れしておりとても綺麗。これはこういうデザインのはず。 ぎゅう、ウタの首を抱いてマスクを見つめるけれど、問題の箇所は見つからない。もっと近くで見よう、そう思ってパタパタ回り込んだビビがマスクへ顔を近付けた。ところを狙って、ウタの腕がするりとビビの腹を抱く。 「あった?」 「マスク元気。」 「そう?なら…いい感じに馴染んだのかもね。…おいで、抱っこしてあげる」 作品を失敗したと主張した割にあっさりと引くこの男。端からミスなどしていない大嘘つき。 薄くぺったりとしたお腹を抱き寄せれば必然的に膝に座る形となったビビを大事に抱え込んで、薄い皮膚が脈を弾ませている首筋へと唇を滑らせた。はむっと甘噛みをした肉は本当に柔らかく、とても喰種とは思えない。食い破ろうと思えば今すぐにだって可能であり、きっと、少しの抵抗もないままに犬歯は脆い肉に突き沈むだろう。もちろん、そんな事はしないけれど。ちゅ、ちゅ、独占色に愛す音は傷をつけない様に優しい。 ウタの大嘘により一度注意の逸れたビビは思惑通り静かに抱かれており、じゃれ付くウタに嬉しそうにしながら腹に当てられた手をよしよしと撫でる。墨の彫られた手の甲。するする服の中を伝い胸まで上がる手を導くように追いかけて、ウタの手と共にふにっとした肉の塊に辿り着いた。 指先に下着を引っ掛けてずり下ろすその手には遠慮というものがまるでなく、当のビビも気にする素振りなんて少しもない上機嫌で肩越しに振り返りウタとあむあむ啄み合っている。 左手でビビをふにふに構いつつ右手で塗装の続きを始める器用なウタ。戯れに滑り込ませた舌はぬるりと絡み合い、元気が有り余っているビビをふにゃふにゃに崩した。これでさらに大人しくなるはず。ぢゅ、と濡れた音をたてて離れる唇はぽってり熱い。 「…ねぇビビ。今度さ、お散歩いこうよ」 「…?」 「おさんぽ。調子良さそうだし、ご飯もちゃんと喰べてくれたから…ご褒美あげたいなと思って。…いらない?ご褒美」 おさんぽ、おさんぽ。 ふにふに悪戯をして遊ぶ手をかりかり引っ掻き、とろんっとしたビビが混ぜ混ぜぐちゃぐちゃにされた頭の中でゆっくりと考える。おさんぽ、お外へ出ること。即ちおでかけ。いつもの気分転換とは違う、たくさん歩けるおさんぽ。ウタと。一緒に、おさんぽ。おでかけ。おかいもの。 「おさんぽ…ビビに…」 「うん。ビビにご褒美。…いく?」 「…ん。いく。」 こくん、 普段ウタの許可なくしては外出できない。当然頷いたビビがもじもじしながらウタを振り向き、嬉しそうに緩み切った頬を柔らかく擦り付けた。 どちらからともなく、またちゅっとくっ付ける唇は早々と互いの舌先を引き合わせ、ビビの身をぎゅうっと抱き込んで深く撫でる舌はザラザラと擦り合う。ほんのりと甘くて、心地好い。つい流れに押されて抓ってしまった胸の先を労わる様に中指の腹でさすり、欲の我慢が効かなくなる前にただのふにふにへと戻した。いっぱい構ってと胸に押し付けるビビの手が、なんとも煽る。 ちゅ、ちゅ、啄みは柔らかく、べろりと下唇を舐めてくるウタの舌をあぐっと噛んでから名残惜しくちゅうっと離れた。 鼻先を擦り付けるビビが媚びる様に赤い瞳を窺って瞬く。言いにくそうに唇をむにむにさせて、胸で遊ぶウタの手をやんわり抱き締めて、そしてもう一度短くキス。ぱちぱちと瞬いて見つめる目は媚び色で深く深く蒼い。 言いたいことはわかるけれど、ここは少しだけ知らないふり。数秒の焦らしで以て、灰色の睫毛に縁取られた瞳をじーっと見つめた。 「……あ。わかった。欲しいものリスト、かなあ…。…当たり?」 「…ん。」 こくん、 また嬉しそうな頷き。 “欲しいものリスト”。 ビビが今欲しいものを書き出すとウタが買ってくれる、ビビにとって嬉しいイベント。お洋服などは何を言わずともウタからもらえる為、この紙ぺらに書かれるのは必然的にそこまで必要のないものとなる。それでもイベントが続いているのはビビが喜んでくれるし、尚且つ日本語のテスト代わりになるから。 欲しいものリストの御約束ごと。 その一、このリストは必ずビビの手書きでなければならない。 その二、辞書やスマートフォンで検索する等のズルをしてはならない。 その三、誰の知識も借りてはならない。 その四、生き物、またはビビにとって悪影響を及ぼすモノが書かれていた場合は無効とする。 その五、漢字は使用せずとも良いが、ひらがなとカタカナは必ず使用すること。 ビビの日本語力が試される小テスト。マスクへ向かうと思われた右手が素通りをしてメモを引き寄せた瞬間、ビビはすぐさま近くのペンを手にとってスタンバイをした。きゅっと閉まる瞳孔は期待と少しの不安。なにせ、ビビは喋るよりも更に更に書く方が苦手。一番得意なひらがなでさえ“ち”と“さ”の区別がつかない。 「ビビ、ひらなな…。」 「ひらがなだけはダメだよ。カタカナも使って」 「カタタナ…。」 今回の欲しいものは10個まで。自信がなさそうに眉を下げたビビが大人しくメモに向き合うのを見て、その間にマスクの縫製に取り掛かる。柔らかいビビの胸とさよならをしてちくちく縫い進める皮のベルト。 覗いたメモは誤字だらけで読めたものではないけれど、きちんと言い付け通りひらがなとカタカナを使っているようだ。本人も誤字がある事は分かっているらしく、文字の横には一つ一つ絵が書かれている為何を欲しがっているのかは理解できた。 時折振り向いてはウタの唇を強請り、充電をしてからもう一度紙ぺらに向き合う。10分程してマスクを完成させたウタが次のマスクに取り掛かる頃にもビビはまだカリカリとペンを走らせており、誤字と失敗してぐちゃぐちゃに塗り潰された丸がそれはもうたくさん。 10個までならいいよと伝えたけれど、どうやら6個以上思い付かないみたいで。誤字やら何やらで申し訳なさそうにしたビビが諦める様に小テストメモを提出した。 隣の絵を参考に翻訳した結果。 かめのこたわし、ハリネズミ(生き物は無効)、食パン丸々1斤(悪影響を及ぼすモノは無効)、何かの葉っぱ、どんぐり、えだまめ(ぬいぐるみなら可)、となった。内、無効が2つ。 亀の子束子はすぐ手に入るとして、枝豆はどうしよう?食べたら調子を崩してしまうから実物はあげられないが、枝豆のぬいぐるみなんてそうそう見かけた事がない。昔のアレはビビがボロボロにして捨ててしまったから、代わりに渡すモノもない。 今回も中々に難しいものを書き出してきたビビはやはり申し訳なさそうだけれど、でも。探し回る時間もきっと楽しいはず。 たとえ見つけられなくても今まで通り体調を見て再度探しに行けば良いのだし、まあいいかと考えを打ち切った。 抱き込んだ大事な灰色は、昔と変わらず温かい。 テストのこんにちは - 川柳も学んでみました - 「 かた コヒま ウタがすき 」 採点:ウタ先生 100点 |