けーむしーいもむしーパンくずーバスケットにーいーとーつー

いもむしーけむしー糸くずービスケットにーうーたーつー


数日前のお約束通り今日はおさんぽの日。でっぷりと太った鞄に尚もモノを押し込むビビが、それはそれは楽しそうにお歌をうたう。誰にも見せやしないお化粧も終わったし、お着替えも終わったし、これで持っていくものも全部詰め込んだ。準備万端。

よし、と一つ頷いて周りを見回すけれど、そういえば――のそのそとトロいビビよりもずっと早くに支度を終えたウタは、しばらく姿を見ない。最後に見たのはビビがまだドレッサーでお化粧をしている時。後ろから鏡を覗いて黒い髪を弄くっていた。くしゃくしゃもみもみと。

「ウタ、ビビとこ…。」

あれだけわくわくと楽しみだったのに、一人だと気付いた途端になんとなく訪れる寂しさ。すんすんと鼻を効かせてもお部屋全体がウタの匂いでわからない。呼んでも来てくれない。ぽつんとした広さは牢屋に投げ込まれたみたいに居心地が悪く、ぞわぞわする背中は雨で冷えたミミズが這うようで。

慰め合うように太っちょ鞄を抱いたビビが、縮こまりながらウタ捜索へと足を運んだ。




ウタが居そうなウォークインクローゼットの暗いところ、ドレッサーの下、ビビ小屋のワードローブ。最後に見かけた部屋をくまなく探していたけれど、なんてことはない。当のウタはリビングのソファでゴロンして寝入っていた。

「お外…。」

目の上に腕を乗せてダラリとするその様子はどこか声が掛けにくく、おさんぽを強請るビビの声もしりすぼみになる。今日一日空けるのに数日間も結構なペースでマスクに向き合っていたから、さすがのウタも疲れてしまったのかも。いい子にしていたつもりだけれど、こうして思い返してみると少し構って構ってをし過ぎたかもしれない。以前四方とかそこらへんに注意をされたような気がする。

起こすのはダメなのかな、どうしよう。と瞬いて浮かべた思案。

でも、いいや。おさんぽ。そう大して考えもせずに開き直るビビは慰みのデブ鞄をそっと置き、のそのそとお腹の上へよじ登った。馬乗りになったそこへ、すりすりと擦り付けるように腰を揺する。起きて起きて。

「………えっち」

「?」

「いつもはそんなの……してくれないくせに…」

むにゃむにゃ。
ちらりとこっちを見たウタが寝ぼけた事をモゴついていて奇妙に傾げるビビの首。えっちはいいからおさんぽは?そう問うようにもう一度すりすりと身を揺すってみた。

ふふ、と薄く笑うウタは一応起きてはいるが、よく見るとお尻のポッケに突っ込まれていたはずのお財布はポイされているし、ワックスを揉み込んだくるくるの髪も無遠慮に寝転がられてへちゃっとなっている。

もしかして、この様子だとお散歩はナシになったのかもしれない。ウタの気が変わったのかもしれない。本当にお疲れなのかもしれない。

「…………ねむいよビビ、お散歩はまたねって言ったら…怒る…?」

ほら、やっぱり。

「ないよ、へいき。」

確かに楽しみにはしていたけれど、ドタキャンされてもまあそこまで気にしないビビはケロっとした顔で答える。というよりウタの気が変わるのはよくある事なので慣れっこ。その分ビビが振り回す事も多いから、言ってしまえばお互い様の関係だ。気まぐれ同士、うまくバランスはとれている。

ただ、なんとなく。なんとなく心配だから――具合わるいわけじゃないの?といつもウタがしてくれる様にお熱を計ってみた。

おでこに当てがった手はひんやりとした冷たさを感じる、ということは?なんだっけ。ビビの手よりウタのおでこが温かいって意味だから…ちがう?反対?

「…。」

…いいや。また早々に諦める。熱はないよとウタがむにゃむにゃ言っているし、たぶん大丈夫。

むにゃついた“ごめんね”、の声に気にしないでとお腹を撫でると、応えるように気怠い手がするすると腰を上りビビの背中をやんわりと抱き寄せた。導かれるまま胸へとぴったり身を倒してしまえばお出掛けの空気は欠片もなくなっていつものお昼寝モード。

ビビにとってはこれもまた幸せな時間の一つ。一人で寂しさを感じていたさっきに比べたら安心だし温かいし、お出かけできないとはいえ一日ウタと共に居られる事には変わりない。幸せの一言に尽きる。

けど、困ったことに眠気なんて少しもないビビは暇人。柔らかい唇をもにゅもにゅ食べてじゃれ付いてみても本格的に眠いウタから返ってくるのは緩い緩い啄みのみ。それも数度遊ぶと反応はなくなってしまう。放ったらかし。

「ウタ、起きる…。」

「……………んー…」

今日のおさんぽがなくなったのはウタが眠いから。ならば、寝かせてあげるのが普通。それが優しさ。思いやり――という考えは今のビビには無く、疲れてるのかなあと一瞬でも考えていた事すらもう忘れてモゾつく。

高い鼻を摘まんで、伏せられた扇の睫毛をはむはむと食べて、唇をくっ付けたままじっと見つめて、挙句の果てにはアイブロウに噛み付いて。

ただでさえ安定の悪いアイブロウ。ウタは喰種だからいいものの、これが普通の人間だったら絶対にビビは引っぱたかれて怒られているはず。髪をもさもさ撫でられるだけで済むのは相手がウタだから。

カチカチ。噛んだそれを、くいくいっと軽く引っ張る。ロープの取り合いをする犬のように。

「もげる。」

「………もいでもいいけど…ピアスだけは呑み込まないでね…」

以前ピアスを呑んだ時、献血のバッグを3つほど飲ませて吐かせた記憶。結構なんでも口にいれるからと、眠りに落ちる淵にいてまでも心配をしているウタ。

そんな気持ちは露知らず、簡単にはもげずに在るピアスを讃えてちゅうっと吸い付き、舌先でぐにぐにと遊ぶビビ。宥めるように髪を撫でていたウタの手はパタリと投げ出され、また一方的にじゃれ付く時間がきた。

けーむしーいもむしーパンくずーバスケットにーいーとーつー

いもむしーけむしー糸くずービスケットにーうーたーつー

落ちかけたウタの意識をこっちこっちと呼び戻すビビの好きな童謡。昔と変わらずに言えていない“ひとつ”と“ふたつ”。浅く笑ったウタの喉仏へ、暇で暇で仕方ないビビがはむっと食い付いた。がじがじ噛みつくビビに対しウタはまた髪を撫でるだけ。

身を起こしてすりすり揺すってもまた抱き伏せられてしまうし、ウタに痛い事をしても何一つ効かないし、手を拾って胸に押し付けても今日は興味がなさそう。そうしている間にも、すうすうと心地よさそうな寝息が聞こえてくる。

ウタがまた寝落ち。暇だなーと唇をむにつかせたビビが、ウタの胸にのそのそ伏せてボタンに噛み付いた。

かみかみ。
ぐいっと引っ張って、ぶつんっとちぎる。

かみかみ。
ぐいっと引っ張って、ぶつんっとちぎる。

かみかみ。
ぐい、ぐい、ぐいーっと引っ張って、ぶつんっとちぎる。

1つずつ駆逐されていくカーディガンの大きいボタン。

かみかみ。
ぐいっと引っ張って、ぶつんっとちぎる。もう1個。


「……?」

ふ、と持ち上がる意識に従って、お腹らへんのビビへと目を向ける。もぞもぞ悪戯をする様な動きにベルトでも外そうとしてるのかと思ったが、どうやらそういうわけではなさそう。ぼやける目を瞬いて凝視したらカチカチとボタンに食いついていて、

ぶつんっ、と引きちぎった。

そのままビビのお口の中へ消えていく大きいボタン。まさか、食べてる?

「――ビビ、」

「?」

また献血バッグの出番かもと怠い身を起こし悪い子の頬を支えると、ビビの頬にしてはギチギチと硬い。そして、少しだけ膨れている。

ほっぺ越しに触れるボタン、どうやらここに貯め込まれていた模様。

「……呑み込んだかとおもった。ぼくの言ったこと覚えてたの?…えらいね、」

「ちゃんとほっぺ。」

「うん、…いい子」

べ、とお宝を舌の上に乗せて自慢してくるビビは偉そうにしているが、このままほっぺにしまっておくと絶対に呑み込む。とはいえ一気に取り上げると反抗されるから、適当にすごいねと褒めつつ1個1個盗んでいった。最後の1枚だけはガリガリ噛み砕く気配がしたからひょいっと取り上げ、代わりに指を噛ませる。

ちぎられた痕跡とボタンの数も合っているし、どうやら一つも呑み込んでいないらしい。大丈夫。

よかった、と安堵したウタがべたべたのボタンをポイして後ろへ倒れるのを追って、ビビもまた同じように胸へ伏せた。

「ウタ、またねる?」

「うん…ビビも寝よ、」

「ビビも。」

「そう、ビビも。……たまにはビビの腕まくらでお昼寝したいな」

ぎゅう、と抱きついたままごろんして横を向くと、もう半ば反射の様にウタの頭を抱き締め返すビビ。なんの文句もなく枕として体を差し出し、胸元に頬を預けるウタをよしよしと可愛がっている。腕まくらというよりはぽにょんとしたお肉の胸まくら。

さっきまで寝る気なんて更々なかったのに、はふっと噛み殺すあくびは完全にウタに誘われたもの。今では無理に起こしてまで遊んでもらおうとは思わず、ウトウトするウタを見ても起こさなきゃとも思わない。そんなビビの気持ちに左右されているのか、ウタのおでこにちゅうっと寄せる唇も心なしか静かで眠気をおいでおいでする様な柔らかさ。応えて胸の谷間へキスをしたウタなんて、もう中途半端に唇をくっ付けたまま寝の体勢に入っている。

構って構っての我儘もなりを潜めていい子ちゃんになったビビは、抱き合う温かさに早々と爆睡したウタを只々ゆったりと撫でた。


けーむしー、いもむしー…パン、くず…バスケットに、いーとーつ、

いも、むしーけむしー……糸くずービスケット………に、うーたー…つー…


寝落ちの綱渡り

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