「まーたいっぱい買い込んできたわねぇビビ」 キィ、と控えめに開けられたHelter Skelterの扉。どんぐりの帽子を被ってにっこりするビビが今日もウタと仲良く顔を並べて覗いており、毎度変わりのない友人達にイトリは満足げな笑みを浮かべ一足先の血酒で以て唇を濡らす。 二人が一緒に持つショップ袋はもっさりと犇めき合っており、メールで報告された通り今日こそはお買い物へ行けた事が一目でわかった。 「イトリにもえままめ、あるよ。」 「ソラマメね。…これ、ビビからイトリさんに」 「なによゲーセン?ビビがとったん?」 「ないよ。ウタがんばった。1回でぽとん。」 「結局ウーさんかい」 ウタから手渡されるソラマメのぬいぐるみ。1粒。ふかふかのそれにイトリの飾られた爪が柔らかく沈み、貰っても使い道がない綿の塊をもみもみと遊ぶ。自宅にもビビから貰ったぬいぐるみやら何やらがたくさんあるし、一緒に住んでいるわけでもないのに気付けば少しずつ少しずつ侵略されている。HySyの城なんてもう城主の心ごと陥落されて何年も経つし、これはイトリの城もいよいよかもしれない。 これもウタがとってくれたというエビフライのぬいぐるみを見せびらかすビビはカウンターでお酒の用意を一通り済ませるイトリにくっ付いて周り、お土産を貰った本人よりもずっと嬉しそう。 「ほらビビ、あっちで座ってな。あたし服持ってくるから」 「およふく?」 「そ、お洋服。サイズ間違えてさ、ビビにあげようと持ってきたのよ。イトリ様のお下がり。…欲しいビビはウーさんとこに集合!」 「!」 「……ビビの扱いうまくなったよね」 ビビにとってイトリはウタと同じくらい付き合いが長いわけで、毎日のメールや会うたびのおさらい近況報告でイトリはビビを知り尽くしている。となると当然こんな事は朝飯前であり、狙った通りイトリの号令にビビとエビフライは大慌て。 ここまでくれば簡単なもので、近道をするためカウンターにもたもた乗り上げるビビのまあるいお尻をイトリが押すと、灰色の子は大人しく座っていたウタの方へとつんのめった。普通であれば危険だが、落書きだらけの腕がひょいっと大事に抱き上げるから何の心配もなし。 昔からそう。ビビが足を縺れさせてもウタがいるから平気。イトリが押して少しよろけたくらい、なんてことはない。現にびっくりしたのはお尻をぽんっとされたビビだけで、安全を知っていた犯人イトリは何事もなかったかの様に幾つかのおつまみと血酒とジュースを並べ、さっさとお洋服をとりにバックヤードへと足を向けた。 無事ウタの隣へ座らされたビビはイトリの背中をじ、っと見送り、そわそわと宝物のエビフライを揉む。置いて行かれる時間というのはどうにも待ち遠しく、はやく帰ってきてほしいとむにつく唇は隣にウタが居ても寂しそう。どんぐり帽子の上から頭を撫でられてもあまり気は紛れず、ちゅっと唇をもらってもやはり気は紛れず、イトリが消えたそこをじっと見張り続けた。 血酒の中へ眼球をぽちゃんと落とす音がして、ウタの喉がこくりと鳴る音がして、エビフライでカウンターをぽんぽんと叩き始めた頃。ほんの数分、されど数分。 「、」 やっと、やっとイトリは戻ってくる。ダメージの入ったスキニーパンツを見せびらかして。 「はいはいお待たせー。どうよこれ、可愛いっしょ?」 「……肌でる。ウーちゃんダメ言うよ、」 「これぐらいどうって事ないわよ。隣のオトコが騒いだら家で着な。 ――ちょっとウーさん、サイズ見てやってよ」 いい子で待っていたご褒美だ、とイトリの細い指にきゅっと鼻を摘ままれるビビは、ビリビリのそれを見て弱気な鼻声で言葉を落とす。なんたってビビはウタとの約束があり外で肌を出せない。そうした生活を送っていたからビビ自身少しでも出すのは恥ずかしい。せっかくもらったのに仕方ない、どうやらこのお下がりは部屋着になりそう。 「……裾上げしないと無理かな。ウエストは…どうだろう。ビビ、こっち向いて」 「?」 首だけで振り向くビビのイスを足で回して体ごと向き合わせ、きっちりボタンの止められたウエスト部分をビビの首にくるりと回す。面倒くさがりの裏技。試着なんてせずともこれで十分。 「…うん、平気そう」 「ならよかったわ。あげるから裾上げは自分でやってねー、おチビ」 「おチビ、なに?」 「なんでしょ?帰ったら調べてごらん。帰ったらね、帰ったら。…帰ったらだぞ」 「…ふふ、」 「?」 厚底を履いたり高い所に上りたがったり、随所に見えるビビのコンプレックスはチビ。極端に上背がなければ当然足は短く、ウタなんて道端を歩くコーギーを指差してはビビだとからかう。言葉を知らないでいる今はチビ呼ばわりされても首を傾げるだけだが、辞書を引いたあとはさぁどうなるだろうか。 そうして強引にはぐらかして席に座るイトリはいつもの様に椅子をズラしてビビへとくっ付く。ビビもビビで細腕をぎゅうっと胸に抱いてくっ付き返し、はぐらかされるままにただ唇を噤んだ。 すんすん、利かすバカ鼻。胸がほわっとなるようなイトリのいい匂いは出会った頃から変わらない。ピンクのガーベラによく似た温かさだ。そのまますんすんと効かせて辿る鼻先がイトリの髪を割って首筋に到着。安心を運ぶ大好きな匂いにふにゃっと脱力したビビがイトリに凭れて頬擦りをした。 存分に甘えるビビはお下がりを綺麗に畳むウタをそっちのけ、ひたすらに大好きなイトリを堪能する。だって、帰ったらまた暫く会えないから。それがたった数日でもビビにとってはとても長い長い寂しさ。イトリとはたまにしか会えない。毎日は会えない。たまにしか会えない。 以前三人で住みたいと提案したほどにはイトリがすき。本当なら毎日一緒に居たい。四方はまあ、そこまででもないけれど普通にすき。 ずっと、この輪の中にいたい。 「そうそう、こないだ蓮ちゃんがボヤいてたわよ。ビビが村にいないって」 「?」 「村?」 「ほら、犬っころの」 「なに?」 「……ああ、ゲーム。そういえば最近やってないね。リセットおじさんに泣かされてたし…懲りたのかも」 「?」 ビビには難しい言葉、いつものように。大好きな時間は瞬きの一瞬にばいばいと流れていった。 すっかり夜も更けた帰り道、寂しさのカードは伏せて充電ばっちし。 これでまた暫く会えなくても我慢できる、と思う。でも帰ったら電話しよう。 正義を掲げる人間とすれ違う路地、楽しそうにトコトコ歩くビビのお尻で限界まで太ったバッグがぽんぽんと弾んだ。ジッパーの隙間に挿さって揺れるのは引っこ抜いてしまった猫じゃらし。残酷なことにあとは枯れるだけのこれもビビが飽きるまではこうして大事にされている。 ぽん、弾んだバッグからこんなの嫌だと投身する猫じゃらし。 「…毛虫、落っこちたよ」 「………。おちる、また…ぽとんて…。」 「…頭でっかちだからね。なんならもう頭だけにしたら?」 「あたま?」 「毛虫のこと」 「…。…ウタ、して?」 毛虫1つ引きちぎるのすら自分でできない。やらない。どこまでも甘えっきりのビビが言うことをきかないでいる猫じゃらしを斬首刑執行人へと明け渡すと、ぷちっ。ビビのお願い通りに茎と放されるふわふわの穂。毛虫部分。 「もげた。」 興味のない茎はポイッと捨てられ、可愛い毛虫だけが“勝手に居なくならないでね”とビビの胸ポケットへ大事にしまわれた。じゃり、バカな耳には届かない薄暗い背後で、踵を返す油断の音。 もう落ちることのない首に満足したビビがポケットに突っ込まれたウタの手を探して繋ごうとする。が、やんわりと制されるビビの繋ぎたい手。 「あー。くるかも…」 「?」 「……ビビ、マスク」 「!」 目が合ったんだよね、さっき。 そう呟くウタはどこまでものん気につんっと唇を尖らすが、“マスク”の指示が知らせるのは危険の来襲。白鳩か、はたまた血の気の多い喰種か。非常事態だ、と大慌てのビビはその割りにもたもたとトロい動作で太ったバッグを漁り、やだやだと抵抗するマスクを引っこ抜こうと必死。ぐい、ぐい、大変だ引っこ抜けない。 すっトロい事をやっていたら余計な面割れは免れないからと、ちっこい手ごとマスクを掴むウタがスポンッと救出して早々にビビの顔へと押し付けた。 面全体をぐるぐるに巻く使い古されたような切りっぱなしガーゼ、くすんだ生成り色。装飾や顔の凹凸は一切なく、黒いレースで目隠しをされただけのマスク。 ビビが怯える上にウタを虐めないでと戦闘に割って入る為、マスク越しの視界はゼロで何も見えない。それでも少しの落ち着きを見せるビビはウタに導かれるまま高い塀に座り、ウタが遊び終わるその時をただじっと待った。 じゃり、じゃり、隠しもしない足音。あとでイトリと話す内容が決まった。 不思議な顔について、回れ右。 「ビビ。ヤキトリ喰べたくない?」 「やちとり?」 「うん。白鳩のヤキトリ」
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