徹夜の末に空けたあの一日はウタの気分が転がってお昼寝日和で終わったわけだが、また一週間徹夜してやっとビビとお出掛けしたら今度は徹夜そのものにハマって抜け出せなくなってしまった。徹夜徹夜徹夜、毎日徹夜。心配の愛情がまあるく実る徹夜。

もともと時折発現するウタの悪癖としてコレがあったが、それは“時折”のこと。ビビを蔑ろにしない様どうにかこうにか矯正は間に合っていた――はずなのに、こうも長い間徹夜に身を置いていると病み付きになり、作りたいマスクがたくさんある今は徹夜が楽しくて楽しくて仕方ない。享楽に近寄りつつある疲労感はひたすらに宵を煽り、気付いた時には時計の針がピッと朝を指差している。飛んでいるカラスを見つけたビビの指先のように。

最近の生活リズムは夜明け頃ベッドへ入って、分厚いカーテンの外が明るくなるまでビビとじゃれて、少し眠って、さすがに心配をするビビを置いてまたマスクを構う。現状一日の内にやりたい事とやらなければならない事はたったの3つで、ビビと楽しく遊ぶ事、マスクを作る事、おまけ程度に寝る事、これだけ。

優先順位的に一番下の睡眠はビビの中で気持ち良くなる為のいやらしい時間に押し潰され、もうぺたんこのペラッペラだ。ビビの子宮が虐められた分だけ薄っぺらくなっていく。

疲れなんて抜ける筈のない生活なのにけろっとしているウタを些か心配し始めたビビが早々と寝かしつけようとしても、結局は蓄積した趣味の疲労を快楽としてビビに移してからの就寝となる。なによりそっちの方がスッキリ寝られるし、疲れ切ってぐったりするビビはあちこちフラフラする事が出来ないから手元に縛りたいウタとしては安心。重い枷とは違い綺麗な肌に傷が付く事もなく、独り占めの子宮をぐちゃぐちゃに虐める行為は甘く寄り添う安眠へと繋がってくれた。

そんなウタの生活サイクルに合わせているビビは日中お昼寝をしてなんとか凌いでいる様だが、集中の途切れたウタが休憩として2階へ上がるとお留守番していた犬のように飛び起きてお疲れのウタにあれこれ勝手のわからない世話を焼く。今もビビの顔を見に来たウタの周りにはタオルケットやらぬいぐるみやらがこんもりと集められ、用意されたデザートを突つくウタのおでこに、もたもたトロい手がピタ冷えろをぺたりと貼り付けた。熱があるわけではないからと、すぐに剥がされビビのぽふぽふしたお尻に貼られるピタ冷えろ。

「これ、ビビの血が入ってる。…美味しいね」

「…おいし?よかった。」

まあるっこいデザートカップ、どろどろに煮詰められ水分の飛んだ血液風呂には気持ち良さそうに浸かるおやつの目玉。舌に迎えて始めてわかる甘みは紛れもないビビの味であり、ほんの数滴落とされただけであろうにこれ程味が変わるのは毎度のこと不思議で、銀色のスプーンを薄い唇に咥えたままじぃっとカップの中を覗き込んだ。赤黒い沼でコロリとひっくり返る青い目。ウタのおやつ。

その間にも忙しいビビは数匹のタワシをウタの膝に置いたり血液バッグをテーブルに並べたりビビ小屋からウタのお洋服をごっそり持ってきたりとちょこちょこ動き回り、自分の具合が悪い時にしてもらいたい事を片っ端から実行していく。本当であれば大好きなコーヒー豆のおやつもお裾分けしてあげたいが瓶の在り処はウタしか知らない。鼻も利かない自力ではどうしようもない。

大方持ってくるともう出来る事はなくなったようで、心配そうなビビがエビフライのぬいぐるみ片手にウタの肩へお気に入りタオルケットを掛け、安心を求めるようにぴったりと寄り添って落ち着いた。くたくたのゴワゴワは先ほどまでビビが抱き込んでお昼寝していたからいい匂いだ。

「もっと?ビビの血…もっと?」

あのデザートにも同じ様に垂らしたのだろう、人差し指の腹に親指の爪を当ててサックリ切ろうとするビビ。“Danzig”の血は栄養満点だからと、イトリの肌が荒れた時、ウタのやる気が底をついた時、四方の呂律が回らなくなった時、事あるごとに傷を作っては貴重な血を搾り出そうとする。

そして今も徹夜を楽しむウタの手軽な栄養補給として。非常食として。そんな事せずとも情事の折、愛咬で噛み切った肌から結構な量を啜られているというのに。

今は交合い合っているわけでもなし、甘さへと繋がりようのない痛みはビビにとって少しのプラスにもならない。痛い事が嫌いな性格はむしろ、バランスを崩した一本足の様にけんけんしてマイナスへ傾いていく事だろう。指先数ミリ、ほんの少しの痛みだったとしても。

痛いのは大嫌いなのに尚傷を作りたがるのは、大事なウタのため。ちくっとするだけの小さな痛みより、心配を抱えたままの心が何よりも痛い。全ては大事なウタのため。

返事を待つ前に切り込みを入れようとするせっかちな指をウタの手が包んで咎め、まだ薄く線の残る傷跡を労わる様にべろりと舐め上げた。

「もういらないよ、お腹いっぱい」

「、」

いらない、と断られてしまうと用無しを自覚してしょんぼり沈んでしまう暖色の灰色。今にも涙が落ちそうなほど蒼い瞳に淡い色の扇がゆったりと瞬き、赤々しい唇が拗ねたウタの様にツンと尖る。言葉にこそは出さないが口程にモノを言うその蒼は誰よりも饒舌で、滲み出るビビの心配と優しさに深く愛されている事が感じられてウタの唇がうっすらと笑みを作った。

「でも、ビビさんが寂しそうだから…ぎゅってしたいな。いい?」

「……ん。ウタ、ぎゅう。」

「はい。ぎゅう」

もじもじと腰へ腕を回すビビをタオルケットと一緒にぎゅっと抱き込むと、まだ用無しではなかったと安堵したビビがふう、とため息をついていて、そんな事にも灯る胸。

不安を煽っては白々しい安心を手渡す。こうしたカタチで愛情を確かめること、そろそろ終わりにしないと。そう思い続けて何年になるだろうか。

ただの同居相手ではなく大事な恋人として手を取り合った時、ビビから与えられる愛情を探す事に大きく苦労した。当然恋愛というものを全て理解していたわけではないビビは恋人となっても態度一つ変えてくれず、お互いを知るのに大切な言葉も鸚鵡返しの “すき”ばかり。

言葉を知らないのは育った環境を考えれば仕方のない事だからと、試しに女の子と仲良くして態度を探ってもヤキモチを焼いてくれる様な性格ではなく、ほら愛されていないと結ばれた糸を疑ってはビビを一人残して聞こえる苦しい呼吸に癒されていた。大丈夫愛されてる、と。

振り向いてはもらえないんだろうなと不貞腐れた片想いを続けていた所為で、きちんと恋人として肌を許される様になった今も屈折した面を隠せない。こうしてみると、不安や心配を掛けてはビビの本心を覗く事がもう一つの悪癖になってしまったようだ。

身を離す素振りを見せるだけで服を握って名残惜しむ手に、勝手な心はこんなにも安心する。


――……離さないでね。捕まえてて、ずっと。…じゃないとぼく、もう生きていけないから


冗談でもなんでもない本心の言葉、温かく濡れる胸にまた一つもらえた愛情。もうやめなきゃ、ビビが泣いてる。そう思っても身を引けない不正確な天秤はどこまでも寂しがり屋で。

幾つ集めても満たされない心の瓶が、もう一度だけビビを傷付けてと灰色の声で以てせがんだ。


徹宵の愛情前夜

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