明日は晴れますか


「あのっ一緒にお祭りに行ってください!」

声をかけたとき、正直音量を間違えたと思った。
後悔したところで今更取り消せないし、取り消すつもりもない。声が小さすぎて伝わらないよりずっといい、と、思うことにしよう。

「え?」

だけどあからさまに驚かせてしまえば気持ちも変わるもので。

「すみません、都合が悪いなら断ってもらっても大丈夫です」

伝わらないよりいいと思ってたはずなのに「やっぱり伝わらなければよかった」なんて思った。それに「断られないわけがない」とも。
そんな風にすぐマイナスに考えるのは悪い癖だとわかってる。だけど過剰に期待するのは少しばかり怖い。

「なんだよ、小原も隅におけねーな」
「え!」
「女子に誘われてんだから行けよ」

それなのにチームメイトの人まで出て来て、断るに断れない状況になりつつある。
第三者まで出てきてしまった以上伝わらなければよかったとはもう思わないけど、でもせめて音量を間違えないようにするべきだった。私も小原さんもいいことなんてなかった。

「あの、」
「祭りって伊達工の近所のやつだろ?なら今からでも行ってこいよ」

え!いや、行きたいけど!嬉しいけど無理矢理一緒に行くのは違うからそう言うのはちょっとやめてほしい。

「ほら行った行った!くそ、俺も女子と祭り行きてぇっつの」
「おい二口!」
「いつまでも女子待たせてんじゃねぇよ。女子に誘われたら待たせるのも断るのもなしだろ」

…よく知らないけど、この人はきっとモテると思う。だってそれはモテる人の発言だ。よく見たらかっこいいかもしれない。

「いや、二口断ってるべ」
「俺はいいんだよ」

違う、嫌な人だ。と言うか断るほど誘われるってすごい。モテる人ってすごい。

「じゃーな。あんたも頑張れよ」
「え、あ、はい!」

なんで話しかけられたんだろう。そんなことを考える暇もなく、私は小原さんと取り残された。

「えっと、とりあえず行こうか」
「ぁ、はい!」

真実がどこにあるのかわからないけど、せっかく作ってもらえた最初で最後のこの瞬間を楽しんでもいいかな。そう無理矢理結論付けて小原さんの少し後ろについて歩く。
だって隣なんて歩けないもん!近すぎて無理!

「あのさ、」
「ひぁい!」
「…1年生?」

噛んだ!恥ずかしすぎる!しかも気付かないふりしてくれてる!優しいけどその優しさがツラい…!

「はい、1年の奥山いろはと申します!」

あれ?そう言えば私小原さんと話すの初めてだ。
どうしよう、知らない人に名前呼ばれたら怖いよね?気持ち悪いとか思われてたらどうしよう!

「奥山さん、たまに試合観に来てくれてるよね」
「っはい、行ける限り全ての試合を見学させてもらってます」

わ、名前呼んでもらえた。しかも試合見に行ってるの知られてた。
嬉しいけど気持ち悪いって思われてたらどうしよう。

「観に来てくれてありがとう」
「いえ!私が勝手にしてるだけなので!」
「まぁ最初に気付いたのは俺じゃないんだけどね」
「…え?」
「いや!なんでもない!あ、歩くの早い?」
「そんなことないです!全然大丈夫ですすみません!」

変に気遣わせてしまったようで、半強制的に小原さんと並んで歩くことになった。
まさか声をかけたときはこんな展開になると思わなかった。お祭りに行ってくれるだけで奇跡みたいなのに、まさか隣を歩くなんて…!

そう軽いパニックを起こしながらも、頭のはしっこではさっき聞こえた言葉が気になった。
もしかしたら、部員の中で毎回試合を観に来る変な女子とでも思われてたんだろうか。それなのに一緒に行ってくれるなんて優しすぎる。

「バレー部、みんなデカいから声かけるのも緊張したんじゃない?」
「いえ、皆さん楽しそうにしてるのでその辺りは大丈夫です」

私が緊張するのは小原さんに対してだけです。あの雰囲気イケメンは普通に話せる自信がある。だって、こう言っちゃ失礼だけど、あんまり興味がないから。

「そんなに楽しそう?」
「はい!いつも真剣に全力で勝ちを狙いにいく姿勢は、バレーそのものを楽しんでいるからこそできるものだと思いました!」

文化祭とか、みんなで真剣に作り上げたあの達成感は計り知れない。良くも悪くもそれを試合の度に経験するのは、きっと人生経験としてはとても大切なものなんじゃないかと思う。
…まぁ、私みたいな小娘に言われたところで痛くも痒くもないんでしょうけど。

「えーっと、ありがとう」
「さっきも言いましたけど、私が好きでやってるだけなので」
「でもありがとう」

試合に勝ったときとは違う、めったに見られない笑顔でそんなこと言われて、私の頭はパニックなんてものじゃない。もはやファンファーレが鳴り響いてる。こんな機会を作ってくれてありがとう見知らぬイケメンさん。

「奥山さんはお祭り行って必ず買うものってある?」
「いちご飴です。本当はりんごの方がいいんですけど、食べきれないので…小原さんはなにかありますか?」
「そうだなぁ…」

なんだかいい感じに会話ができてる感じがする。普通のおデートみたいになってる気がする。
いや!そんなおこがましいことを思ってるわけではないんですけど!こうちょっとだけ期待したいな、と申しますか…

「奥山さん?」
「はい!すみませんなんでしょうか!」
「なんでもないけだぼーっとしてたから、大丈夫かなと思って」
「すみません大丈夫です。いたって健康です」
「そう?」
「はい!」

いけない。
勝手に期待して心配かけるなんて迷惑千万。せっかく一緒にお祭りにいけるんだから、全力で楽しみたい。

「あ、小原さん!」
「なにかあった?」
「いえ、星が綺麗です!」

見上げた空は真っ暗でこそないけど、ちらほらと星が瞬いてる。
夏は湿度が高いから、冬ほど星が綺麗に見えるわけではないらしい。だけど、今日の星は特別綺麗に見える。

「そうだね。明日も晴れるかな」

きっと1人じゃないからかな。小原さんと並んで見たこの空を、私はきっと忘れない。

「きっと晴れますよ!だって月だってこんなに綺麗なんですから」
「そうだね。月が、すごく綺麗だ」