いやよいやよ、


「天童センパーイ!」

俺を呼ぶ声にビックリして若利くんの影に隠れようと思ったけど、呼ばれてるんだから意味はないと思って隠れることは早くも諦めた。

「天童、呼ばれているぞ」

あのね若利くん、言われなくても俺だって気付いてます。だって白鳥沢で1番声デカいもん。俺知ってるんだ、奥山サンの肺活量が白鳥沢1の数値だって。

「奥山は相変わらず元気だなー」

英太くんは俺じゃないからそんな事が言えるんだと睨んでみたけど、鈍感英太くんがそれに気付くわけもない。俺のことなんかちっとも見ないで、呑気に奥山サンに手を振ってる。

「皆さんこれからお帰りですか?」
「ああ、奥山も部活終わりか?」
「はい!」
「ひとりか?」
「いえ、友達が向こうで待ってます」
「そうか。気を付けて帰れよ」
「はい!天童センパイも皆さんもお気を付けて!!」
「あー、アリガト」

いちいち声がデカいんだよね。近いんだからそんな大声出さなくても聞こえてるから。若利くんと英太くんとは普通に話せるのに、なんでそれが俺にはできないのかな。

「あいつちっこくて元気で豆柴みたいでかわいいよな」
「マメシバ?あの緑の?」
「ちげーよ!子犬の方だって!」

そもそもあの子がかわいいって、英太くんの趣味疑うんだけど。だって声めっちゃデカい。女子のくせに絶対内緒話とかできないね。

「奥山は子犬だったのか?」

なんか考えてるなと思ったら若利くんそんなこと考えてたの!?

「そんなわけないデショ?あの子は子犬みたいにうるさいけど人間の女の子ダヨ」
「プレーリードッグだと思っていた」
「そっち!?」

猫とか鳥とかならわかるけどプレーリードッグって!どこから出てきたのそれ。

「プレーリードッグって、犬じゃないって若利くん知ってる?」
「齧歯類の動物だ」

ちゃんと知ってた…と言うか、ネズミの仲間だったんだ。

「遠くから天童を見つけて嬉しそうに背伸びしているところがよく似ている」
「ごめん、チョットよくわかんない」

若利くんの感性って俺には難しすぎる。

「まぁいいや。帰ろー」

そう言ってやっと歩き始めた頃、

「セーンパーイ!」

今日はもう聞かなくてもいいと思ってた声が聞こえてきてげんなりした。

「ご指名だぞ」
「指名なんてされてないでしょ。英太くんか
若利くんかもしれないよ?」
「それはない」
「奥山が呼ぶのはお前の事くらいだからな」

違うかも知れないじゃん。

「友達が、せっかくセンパイがいるなら一緒に帰ったらって言って、送り出してくれました!」

違うと思いたいのに、工みたいにキラキラした目で見られたら淡い希望も打ち砕かれる。

「ほらみろ」
「英太くんのくせに」
「どう言う意味だよ」
「べっつにぃー」

いつもなら、希望とか期待とか俺が折る方なんだけど。なんでかこの子相手だと上手くいかない。

「じゃあ俺ら先に帰るな」
「英太くんマジで言ってる?」
「マジだよ。若利帰るぞ」
「ああ」

チョットチョット、この子と2人とかやめてほしいんだけど。

「お気を付けてお帰りください!」
「こっちはいいから、奥山も気を付けろよ」
「お気遣いありがとうございます!」

お気遣いなんてしなくていいんだよ。ホント英太くんは余計な気ばっかり使うのがうまいんだから。

「えっと、天童センパイ」
「帰るよ」

早く送って帰ろう。寮の時間もあるし、暗くなる前に送って悪いものでもないし。

「天童センパイ」
「なぁにぃー?」
「送ってもらってすみません」
「もういいけど、そう思うなら早く歩いて。門限間に合わなくなっちゃう」

身長が違うからなんだろうけど、ゆっくり歩いてる俺よりもずっと歩くのが遅い。
例えばこれが朝だったり休みの日ならいいんだけど、今部活終わりだからね。 なかなか遅い時間だからね。

「そうですよね、すみません!あの、私家近いのでぶっちゃけ送ってもらわなくても大丈夫です!」
「もう遅いんだから声小さくして」
「すみません」
「それに今更1人で帰せるわけないでしょ」

家近いなら俺だってわざわざ送りたいと思わなかったけど、この状況で途中で置いて帰ったりしたら、みんなになんて言われるかわかったもんじゃないよ。
それに、女の子1人送れない男だなんて不名誉なレッテルはいらない。

「…すみません」

だからって元気なくさないでよ。うるさいのは困るけど、元気じゃない奥山サンは奥山サンじゃないでしょ。

「別に気にしなくていいよ。面倒ではあるけど嫌なわけじゃないから」
「ホントですか?」
「うん」

珍しく黙ったからどうしたのかと思ったら、立ち止まって呆然としてた。

「ほら、早く帰るよ」
「あ、あの!」
「だから音量」
「すみません」

バタバタと近寄ってきて、また見上げられる。
街灯が遠いからあまりよく見えないけど、やっぱりそのくりくりした目はキラキラしてるんだろうか。

「あの、また一緒に帰ってもらってもいいですか」

せめて疑問系にしなよ。それ回答求めてないでしょ。まぁそんなところも奥山サンらしいと思うけど。

「今日みたいに突然じゃなければ、たまには送ってあげてもいいよ」

それも確約なんてできないけどね。だって練習が休みになることなんてほとんどないし、練習の後はさっさと帰ってできるだけ早く寝たいから。それに時間だって遅くなるから早く帰るに越したことない。

でも残念なことに、ここまでまっすぐ向かってこられたら嫌じゃなくなるんだから不思議だよねぇ。

「あ、ありがとうございます!」
「だから音量!」