それは、きっと


梟谷学園は、主にバレー部に力をいれている為、他の部活があまり注目されにくい傾向がある。あくまでもそれは外側から見てと言うだけで、実際は他の運動部だって各種大会で成績を残している。

その1つが水泳部。
正直水泳部があると知ったのは1年の半ばを過ぎた頃。部員がどれくらいいるのかも知らないけど、それなりの成績を残しているのは季節毎に下がる祝辞の垂れ幕で知ってはいた。

「いつも思うけど、見てて楽しい?」
「うん」
「…ふーん」

そんな俺が水泳部員の奥山を知ったのは偶然だった。部室に携帯を忘れて1人で取りに戻ったとき、髪の乾いていない奥山を見つけて話しかけただけ。
まさかいじめではないだろうと思ったけど、暗くなった校内から出てきた女子がびしょ濡れだったら焦ってもしかたないだろう。真実は髪から水が落ちて、それで制服まで濡れてるだけだったんだけど。

「赤葦はさ、こんなところで油売ってていいの?」
「今日は午後からなんだ。先輩達が、木兎さんの宿題の手伝いをするとか言ってた」
「そう言う赤葦は?」
「ぼちぼちかな。奥山は?」
「同じかな」

そう言うと、奥山はまた水の中に消えていった。
泳いでる時の奥山は、髪を全部帽子の中に入れてるのにほとんど表情がわからない。その理由の1つが、奥山の使ってるゴーグルがメタリックに反射して、その目を隠してしまうからだろう。あとは、ほとんど泳ぎ続けてるから。

しばらく泳ぐと、奥山は一休みするのかゴーグルを外しながらプールサイドにくる。その時だけは奥山の表情がしっかり見れるんだけど、毎回目のやり場に困って視線が泳ぐのはバレてないといい。

「赤葦って泳げないの?」
「溺れない程度には泳げるけど、奥山ほどじゃないよ」

ボトルを傾けながら突然聞かれたことにただ答えただけなのに、何故か奥山には面白そうに笑われた。

「泳げなさそうに見えた?」
「いや、バレー部ってみんな筋肉量多いから沈むんじゃないかと思ってた」

たしかに言われてみれば沈みそうだ。特に木兎さん。でも友達とプールに行くって言ってたから、少なくとも泳ぐ事はできるだろう。

「泳げるなら入ればいいのに」
「なにに」
「プール。今日みたいに私が勝手に借りてる時なら入っちゃえば?」
「水着ないし、これから部活だから遠慮しておく」
「それもそっか」

水が恋しくなったのか、奥山は再び塩素消毒された水の中に沈んでいった。

クロールくらいしかわからないから、今の奥山がどんな名前のついた泳ぎをしてるのかわからないけど、少なくとも見ててあきないほど綺麗に泳いでる。
だから夏休みの貴重な午後練にもかかわらず、朝からこんなところにいるわけなんだけど。

「うわっ」

不意に水面に出てきたと思ったら、ゴーグルをはずした奥山が手で水鉄砲を作って飛ばしてきたから驚いた。

「暇でしょ?少しですが、涼をお届けしますよ」
「大会近いだろ?俺は時間になったら行くから、気にしないで好きに泳いでていいよ」
「うーん、じゃあそうしようかなぁ」

へらりと笑うとまたゴーグルを着けて、音もなく水の中を滑るように進んでいった。

それをを見ていたら、いつだったか奥山が「きっと前世は魚だったと思う」なんて言ってた事を思い出した。

それは、梟谷が室内プールなのをいいことに、年中ここにいる奥山らしい考えだと思った。校内を探して見当たらないならプール、プールにいないならその水の中を探せとは、誰が言い出したのか。実際そうだから、先生達もずいぶん苦労させられてるだろう。
陸地にいるより水の中にいた方が生き生きしてる奥山は、俺に言わせれば人魚だと思う。童話にある、王子様に恋をして泡と消える人魚姫。いつか奥山もこのプールにこなくなるんだろうか。

なんて、口が裂けても言えないことを柄にもなく思った。