そして小さく「ありがとう」と聞こえた


部活帰り。通学路の公園で見覚えのある姿が作並の両目に入って、思わず立ち止まる。
あの頃より髪は伸びていたし、制服は知らないものだったけれど、確かに知っている彼女に似ていた。

「…奥山さん?」

歩み寄って恐る恐る作並が声をかけると、名前を呼ばれた彼女は振り向いた。
やっぱり、彼女だった。
奥山は中学のときのクラスメイトだ。特別親しいわけでもなかったが、そこまで疎いわけでもなかった。目が合えば挨拶をしていたし、席が近くなれば休み時間に他愛ないことを話していた。そんな同級生。

「作並、くん…?」

奥山は不意のことで驚いたのか目がずいぶん丸くなっていた。けれど、その双眸からは大粒の涙が溢れている。作並は旧友との再会を喜べず、ただただ焦った。


「ど、どうしたの?どこか痛い?大丈夫?何か飲み物買ってこようか?それとも誰か」

奥山の手前に回って混乱する頭で早口で尋ねる作並に、彼女は粗雑に目もとを手の甲でこすり、苦笑した。

「大丈夫だよ。ごめんね。なんでもないから」

明日の天気でも答えるように奥山は軽やかに穏やかに答えた。ただ震えてしまいそうになるのを必死に抑えていると嫌でも分かってしまう声だった。夕焼けに染められているだけが理由ではなく、彼女の目尻は赤くて、ますます作並は動揺する。

「でも」
「ほんとに、大丈夫だよ。大丈夫だから。久しぶりに会ったのに、ごめんね。」

作並に何も言わせないよう、奥山は早口で遮る。涙のあとの残る笑顔は痛々しくて、ひどく歯がゆかった。

「ほんとに、大丈夫、私は、大丈夫、だよ」

彼女はリセットの呪文のように「大丈夫」を繰り返して俯いた。きっと作並に理由を話す気は毛頭ない。理解はする。自分に言いたくないことも、自分が言うべき相手ではないことも、理解はできる。

「奥山さん」

思っていたたより少し強い口調で呼んでしまって、彼女の肩か小さく揺れた。怖がらせてしまったことを内心で謝罪しつつ、隣に無遠慮に腰を下ろした。

「作並くん…」

俯いていた顔を上げて、戸惑いの表情を浮かべた彼女に作並は笑う。

「ごめんね。でも今の奥山さん。ほっとけないよ。何も聞かないから居てもいい?」

一度、目を見開いたあと、また奥山は俯いてしまって、どんな表情をしているのか分からない。けれど、しばらくして小さな嗚咽が聞こえてくる。
作並が目を閉じると、柔らかい風が頬を撫でていった。

=end=