元カノさんと作戦本部

「ね、ねえ?私本当に大丈夫だよ?」

生徒会室を陣取り、立ち入り禁止の札を貼る。大事な会議中だ。
目の前の菜々実ちゃんの顔はお昼の時よりはマシに…

「だいじょばないでしょ。」

なっていない。
青葉城西の生徒会長を務めるだけあって、その目力は相当のもの。
その副会長である自分は、大丈夫だってば、を繰り返すばかり。生徒会長と副会長が正反対すぎる、とは噂も広まっているが…その通り。

「本当はアタシがやりたかったけど、止められるだろうし、楓がやってくれたよね?あのクズ男。」
「んー。」

興奮収まらない、と言ったところだろうか。確かに幼馴染の楓ちゃんがやった方が、ダメージは弱い。菜々実ちゃんは精神的に言葉で攻めるし。

「……ボッコボコだよ。」
「その気持ちは嬉しいんだけど、…私から言ったから。」

誰が悪いとか、彼が悪いとか、そういうのじゃない。そうやって、慰めてくれるのは嬉しいんだけど、彼を怒るのは違う。
違うんだよ。

「あのさ、瑞穂。さっきも聞いたけど、本当にそれが答えなの?」
「…うん。」

慣れた手つきで菜々実ちゃんは紅茶を淹れる。生徒会長の引き出しには紅茶やらお菓子やらが入っている。

「私と彼じゃ不釣り合いだった。それだけだよ。」

同じ言葉をもう一度。それがどんなに心を抉らせることか…。よく知っている。
ずきりと刺さる感じがする。

「…好きなのに?」

楓ちゃんがつぶやく。
お昼は岩泉君付き添いの元、帰ってきた。その時は腑に落ちない顔で私の方を見て、そのまま何も言わずに席に座っちゃったな。

岩泉君曰くとても暴力的だった、と。すごく怒ってくれたみたい。嬉しいやら、申し訳ないやら…。

だから、彼女への返事は言葉もなく頷くだけしかできなかった。


「好き合ってるのに?!やっと両思いになったのに?!」
「楓。」

楓ちゃんは声を荒げる。

「やっと両思いになれたんでしょ?!まだ半年…半年じゃない!瑞穂何年も片思いしてたじゃん?!それなのに…それなのにっ!」
「楓、やめなさい。」

徐々に徐々に声が大きくなる楓ちゃん。それを止めようと菜々実ちゃんが肩をたたく。
それが効いたのか、また口を閉ざして座ってしまう。

北川第一でも、マネージャーをやっていた。その時彼に知り合い、徐々に、徐々に惹かれていった。高校に上がっても告白できなくて…去年、なんとお付き合いすることになった。
文化祭の日に。教室で。


――――「俺、柳野さんのこと、好きなんだ。」




「…っ。」

思い出せば勝手に喉が鳴る。別れよう、そう告げた時も、我慢したんだ。彼に見せてはだめだと。家で、散々泣いたじゃないか。
心配性してくれる2人の前で、泣いてはいけない。
…のに

「いっぱい泣きなさい。」

菜々実ちゃんに抱きしめられる。頼もしいことをしてくれる。背中を、とん、とん、と叩いてくれる。暖かい。

「泣いていいの。」

優しく言う菜々実ちゃんに、緊張の糸が切れてしまう。一滴、流れてしまえば、涙は止まらない。

「ごめんね…瑞穂。」

楓が泣きそうな顔で頭を撫でてくる。どうして謝るの?悪くないのに。

「楓…ちゃんっは…悪く…っ」

ないでしょ、代わりに菜々実ちゃんが言ってくれたけど、楓ちゃんの返答はなかった。声は出そうに無いから、首を振って否定する。

「…るの……ばか。」

楓ちゃんが何か呟いたけど、聞き取れなかった。





・・・





「あれ…?今日はマネージャーさんたちはいないんですか?」
「生徒会長だからな。仕事があるんだと。」
「生徒会長…って、唯川先輩ですよね?」

15分休憩。辺りを見渡しながら渡が聞いてきたので、ドリンクを渡しながら答えた。あっス、と渡、金田一が受け取る。

「すみません!俺気づかなくて!岩泉さんにやらせてしまって!」

気にすんな、と答えたが、真面目な渡だ。少しへこんでいた。別にマネージャーがいない日は部員がやるのは当然だ。
というか、ドリンクはきちんと作ってくれたのだから、配る位はやる。

「生徒会って忙しいんですね。」
「うちはマンモス校だからな。仕事多いの。生徒会室は静かで仕事がはかどるみたいだから、マネージャーの仕事もそこでやるみたいだぞ。」
「それを束ねてるのがうちの女子マネージャー、とか、ハイスペックだよな。」

やる気なさそうに国見に聞かれ、答えれば、なぜか花巻ぐ自慢気に入ってきた。
忙しいのも、生徒会室で仕事をするのも事実ではあるが、今回は違うだろう。いや、少しはあったかもしれない。
なんにせよ、部活に出ろ、など言えない。ましては主将が元凶だ。言えるはずもない。

マネージャーの仕事も必要最低限以上の事もやり、生徒会の信頼も厚いため、仕事を休んでも、先生達は何も言わない。
押し付けてしまっているのも兼ねて、申し訳なさと、信頼からの意思表示だろう。


優秀なマネージャーだ。
北一の時からずっと。
だから尚更、向こうで座っているばかが、やらかしてくれるなんて。



「あ!岩ちゃんありがぶえっ」
「きたねえ。」

とりあえず岩泉はドリンクを持って及川の所へ向かう。そして笑顔で受け取ろうとした顔面めがけてドリンクを投げる。その量は満タン。
見事な顔面直撃に、彼はお礼の途中でみっともない声を出した。
ああ、これで何度目か。今日は今までで再記録ではないだろうか。
普段は妹みたいな幼馴染にバリボーで、はたかれ。バリボーの角ではたかれ。弁慶以下略。

「っもう!なんなのさ!本当!」
「自分が一番わかってんだろうが!」

部活中だということもあり、岩泉に殴られはしなかった。
彼に伝えるべきだ。及川はそう判断して、笑顔をやめる。




「別れたんだよね。」

呟く。口にしたドリンクは、いつも通りの味。
でもマネージャー達がいつもいる場所。そこは空っぽ。

「俺たち…別れたんだ。」

再び呟いたその言葉に、岩泉は答えなかった。その言葉の奥に隠された、その、重い意味に。
今はまだ蓋をして。








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