幼なじみくん達

―もしもし?うん。俺。大丈夫。オレオレ詐欺じゃないから。ちゃんと嫁送った?おまえ今どこ?もう家?あー、まだそこ?じゃ悪いんだけど、まだ帰んないでくれる?話したいことあんの。うん。電話じゃなくて直で。場所は、そうだなぁ。あ、おまえんちの近くに公園あったよね。ほら青と黄色のブランコがあるちっこい公園。うん。別に急がなくてもいいよ。こっちも着いてないし。うん。うん。そんじゃ待ってる―


そこでぷつりと通話は切れた。


点滅を繰り返してる街灯の下、公園のベンチにひとり座る影が見える。

「悪い、松川。待たせた。」

駆け足で近づけば、俺を確認して松川がゆっくり立ち上がる。
小さく伸びをして、肩に背負っている鞄をかけ直した。

「そんな待ってないよ。こっちこそ呼び出して悪いね。」
「んなこたぁいい。何があった?」

口調は穏やかなものの、松川の目は一切笑ってなく、どこか雰囲気に圧を感じる。
そもそも松川から着信がある時点で、緊急事態が発生したということだ。
嫌な予感しかしない。
単刀直入に聞いた俺を数秒見てから、深くため息をはいた。

「あのさぁ、岩泉。」
「なんだよ。」
「ゴリラ放し飼いすんのはいいけど、ちゃんとしつけといてくんない?」

ゴリラ?
単語の意味を理解するより先に松川は続ける。

「奇声上げるのはゴリラだし仕方ないとしてさ。力加減一切無しの全力投球ビンタっていいの?そんなわけないよね。事件発生ですよ。左頬は平手打ちされて。右頬は床に強打して。口の端からは出血。たぶん一瞬だろうけど意識が飛んでたと思うよ。一時的だったけど、呼び掛けに反応無かったから。いくら感情的になったとしてもゼッタイ越えちゃいけないラインってもんがあるでしょ。男として最低じゃないの。相手は一般人ですよ。ただの女の子ですよ。女の子に手を上げたんですよ。ああ、でもアイツはゴリラだから仕方ないのかな。やって良いこと悪いこと区別つかないってことなわけですか。まあ、そんで済まされても腹立たしいわ。仮にも引っ張っていく立場なのに困るから。射殺されても文句言えねえよ。」

松川には悪いが全く意味不明である。
俺を置いて話を進めるな。
どちらかといえば普段の松川は話を聞く側の人間であるので、こんなに饒舌な松川は初めて見る気がする。
呆気に取られて話の内容がちっとも飲み込めなかった。
だが、俺は一拍子遅れて、松川が所々に放った言葉に気づいた。
ちょっと、待て。
とてつもなく聞き捨てならないものがあったよな。

まさか。

最悪の事態が頭をよぎる。
いや、いくらなんでも、さすがにソレはありえないだろう。
頭で否定してみるものの背中に冷たい嫌な汗が流れていく。

「…冗談だろ。」

松川は俺の呟きに一瞥だけして、二度目の嘆息をする。

「俺からの報告はそんだけ。わざわざ呼び出して悪かったな。」
「松川。」

俺の呼び掛けには答えず、踵を返してするりと松川が俺の脇を通り抜け、暗がりに溶けていく。
松川は何も言わなかった。
肯定はしていない。
だが、否定もしなかった。
つまり、それは…。

「まじかよ…。」

思わず口元を押さえた。そうしないと叫んでしまいそうだった。
嘘だろ。あいつが、女に?本当に?
なんでだよ。
あのバカは何をやらかしてんだよ。
松川の座っていたベンチに腰を下ろした。
頭痛がする。背もたれに寄りかかって夜空を仰いだ。
こんなことになるなんて誰が予測できるかよ。
なんで。
目線を戻して、目に写ったのは街灯に照らされている遊具。

ここは、俺の家の近くにある小さな公園だ。
砂場と滑り台とブランコ。公園と呼べる最低限の遊具しかないようなこじんまりした遊び場。
チビの頃は良く来て遊んだ。
俺と、あいつらで。
ブランコは青と黄色の台で、誰が先に乗るか、どっちの色を取るのか、そんな下らないことでよく喧嘩になった。
あの頃は男も女もなくて、単純にお互いに隣にいることが当たり前だった。
好き嫌い以前の感情で、つまるところ快か不快かだった。
三人でいるのは悪くなかったはずなのに、ふと気付いたときには歪な形へ変わっていた。

頭が痛くなる。
ここのところ、いろんなことが起き過ぎる。
この連鎖は一体どこから始まったのか。今となっては分からない。

ため息をついてから一気に重くなった体を叱咤して立ち上がる。
さっさとメシと風呂を済ませて自分の部屋に行きたかった。
こめかみを揉みながら公園を出ると、俺の家の方へ向かう後ろ姿。
暗がりでも、誰であるかなんて分かる。

俺は大股で近づき、そいつの肩を掴んで振り向かせた。
その馬鹿野郎は少し驚いたように目を丸くしたが、すぐ腑抜け面になった。

「岩ちゃん…。」
「手ぇ上げたのか。」
「ああ、聞いたの?どっちだろ。まっつんかな。」

周りが暗いからという理由だけでなく、かげっている及川の顔に、無性に腹が立った。

「手ぇ上げたのかって聞いてんだよ!」

しばらく及川は無言だったが、あっさりと頷いた。

「うん。上げた。」

腸が煮え繰り返って爆発しそうだった。
ふざけんな。
本当に、柳野に、手を上げたのか。

おまえが。
及川徹が。

頭に血が昇って、拳を振り上げた。
まさしくブン殴ろうとした、すんでで気づく。
及川がホッとしたような、どこか安心したような、それでいて諦めたような目をしたことに。

……なんだよ、それ。

降り下ろそうとした拳を引っ込める。

「…殴らないの?」

何故?
そう言いたそうな及川に舌打ちだけくれてやる。

「おまえを殴るのは俺じゃねえ。」
「…岩ちゃん。」
「明日は個人の強化練習がメインだし、精々その馬鹿力活かしたサーブの精度を上げとけ。クソ及川。」

及川が何か言う前に俺は歩き出す。
いつまでも世話焼かすんじゃねえよ。

おまえも、あいつも。

いいかげん一歩を踏み出さなきゃいけないところまで来ちまったんだ。

もう、あの頃に戻れないんだよ。

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