おさななじみちゃんと。


「昨日、何で先帰ったの?」

隣で言うその人に、ごめんね、と短く答えた。そうじゃない、と返される。

「送るから待っててって言ったでしょ?」

私に目線を合わせて、ゆっくり言った。
ごめんね。
馬鹿の一つ覚えみたいに同じことを繰り返す。

「…俺は怒ってるんじゃなくて、心配してるんだよ。楓は女の子なんだから、あんな夜中に一人で帰せない。わかる?」

ごめんね。

「…楓。」

機械みたいに。覚えたての言葉みたいに。 謝罪の言葉だけを繰り返す。

「…お願い。教えて。」

懇願するように。私の手を握って、視線を合わせて、…静かに。
彼に言うことではない。それはわかっている。彼は私が欲しい答えを返してくれる。それをわかっていて、彼に会っている。ずるい女。

「…及川に……会った。」

それだけ言えば、彼の動きは止まる。

「…何か、されたの?」

いつも通りの口調だったけど、握られた力が少し強まった。
ああ。これ以上は言っちゃだめだ。

「…楓。」
「ちょっと話しただけ。それで、送ってもらったから………大丈夫。」

落ち着いて。
実際何もなかったんだ、無事に帰れた。
だから、これ以上は、心配かけられない。
会いたかった、だけ。それだけ。

「大丈夫なわけない。それなら授業サボらないでしょ。」

そう。彼はきちんと授業に出た。その間、時間を潰して、彼の家に行った。

「めんどくさくなっちゃって!古典ってどうも苦手でねー、体育とかなら出たけど。あ、ハードルは無しね!中学の時肩から転んだから、痛かったんだー。トラウマ!」

あれは痛かったなぁ。同級生の子が一人クスクス笑ってて、ちょっとカチンときた。その子だって乙女走りですごい遅かったのに。

「…何か言われたんでしょ。右下見るの、悪いくせだよ。」
「…私のせいなんだよね。」

二人しかいないこの空間に、この声は想像以上に響いた。こんな短い言葉なのに、まだ内容に触れてもいないのに、ずきずきと心臓が痛い。

「どうしてあの2人が別れたことが、楓のせいになるの?」

それは純粋な疑問なの?それとも怒っているの?呆れているの?
もう何年もいるのに、彼のことがわからない。

「私が、推した…から。」
「だからって、理由にはならないでしょ? 」

被害者面してる、わかる。人間って自分を中心に生きていくものじゃないの?だって、自分は自分でしかなくて、感情とか考えとか自分しかわからないじゃない。いわば主人公。
また漫画みたい、とかいうの?メルヘンが過ぎるの?現実逃避だっていうの?
自分が傷つくことは避けたいし、都合のいい子は利用する、そういうのがみんな人間じゃないの?
私が瑞穂を傷つけて、それが申し訳ないのに、被害者面っていうの?

「…あのね、」
「いやだよ。」
「え」

握ってる手が強くなる。いつも優しく握ってくれる手。でも今日は少し痛い。

「自分のせいであの2人が別れたから、別れようって言うんでしょ?意味がわからないよ。」
「だって、私は悠々とこうしてるなんて、失礼だよ。」
「じゃあ俺はどうなるの?俺は楓が好きだよ。」

ああ。聞いたよ。そのセリフ。
昨日のとは違う。違う意味で、締め付けられる。

「楓は…違うかもしれないけど、納得できないよ。」
「そんなこと、」
「わかってるよ、楓の気持ち。後悔してる」

やめて。言わないで。
そんな悲しい目をしないで。

「あの2人にも、幼馴染にも、親友にも。…俺にも。後悔してるんでしょ。」
「ちが」
「なんで、告白返事しちゃったんだろうって。そこからでしょ?狂ったの。」
「違うよ、」

そんなこと言わないで。後悔?後悔ってどうしてそう言い切れるの?

「違うよ、は全部そうです、じゃん。」

痛い。
ずきずきずきずき。
心臓が、潰れそうだよ。
後悔なんて、してないよ。
返事したことに、
後悔なんて。

「返事したの、後悔、してない。」
「じゃあ、俺のこと…好き?」
「…うん。」

彼は私に目線を合わせた。
いつものやさしい目なのに、
   違う。



「うそつき。」




息が、つまった。





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