おさななじみ


「岩ちゃんは、行かなかったの?」
「あ?何が。」

人のベッドを陣取りながら、及川が告げる。
こちらに話しかけているが、目線は窓の先、電気の点いていないあの部屋。

「バイキングだよ、バイキング。マッキー達が行くって騒いでたでしょ?誘われてないけど。」
「菜々実が行ってるやつか。」

軽そうな口ぶりの割にはどうでもよさそうに奴は言った。

「まさか!岩ちゃんも誘われてないとか?!うっわかわいそう!会長さんいるのに誘われてないの?かーわいっ…!」
「殴るぞ。甘いのは好きじゃねえ。」
「……殴ってから言わないで。」

いつからだろうか。この男がこんなに軽い感じになったのは。

「…別にどうでもいいけどね。」

こんなに冷たくなったのは。一体いつからだったか。

「…で、要件はなんだよ。」

全ての元凶であろうどうしようもない幼馴染に、短く聞く。幼馴染ではあるが、もう最近はそんなにつるまなくなった。
互いに恋人が出来たのもあるが、及川に関しては、女子と遊ぶ回数が多いからだ。

「そんな邪険にしないでよー岩ちゃん!シワ増えるよ?」
「顔面にも一発入れられたいみたいだな。」

付き合いが長くなればなるほど、真剣さ、を隠していくこの男に、どんな接し方をすればいいのか戸惑うことがある。
当の本人は、やはり明かりのつかない窓を見つめている。

「俺さ、楓に告ったよ。」
「…は?」
「真剣に。そう。真剣に、だね。」

自分に納得させるように、及川は繰り返す。
こいつが楓に気があった事など、もう何年も前から知っている。
だが、それを実らせようとはせず、何度も他の女子と付き合っていた。

「違う…だってさ。告白したのは俺であって楓じゃないんだから、違う、はおかしいよね?」

軽い言い方の割には、眉をひそめて。
はは、と力無く笑った。

「じゃあなんで柳野に告ったんだよ。」

そう聞けば、少し肩を揺らした。

「…わかるだろ、岩ちゃん。」

  瑞穂とか、どうかな?
楓のその言葉に、この男はひどく傷ついた。違う相手を勧めてくる、なんてそれこそ眼中にないのだろう。しかもあまり関わらない女子、ではなく、大事な大事な友達を、だ。

信頼の置ける友達を推す、というのは、本当にその相手を応援している、という解釈になる。
何度となく、及川は楓に告白まがいな事は伝えていた。

   「俺が守ってあげるよ」
   「楓が彼女なら大歓迎だよ」
   「じゃあ俺たち付き合っちゃう?」
   「俺は楓が好きだけどなぁ。」


どれも何気ない会話の中に、どれも軽い言い方で。
全てそれは真実だったのだろう。だがそのくだけた言い方は仇となり、どれも楓は弾き返した。

「楓に推されたら、断れないよね。」
「そこは断われよ。柳野の気持ち考えたのか。」
「今までと同じで、肩書き欲しさじゃないの?」

どこまでも憎まれ口を叩く阿呆に、もう一発くらわせようと拳を握ったものの、その目は酷く寂しそうだった。

「びっくりしたよ。俺、手も繋がなかったのに、それでも満足そうでさ。何もしなかった。精々一緒に帰って、名前呼びしただけ。デートだって片手で数えられるくらいしかしてないのにだよ?変だよあの子。そんなの付き合ってない子にもするでしょ?他と変わらない。」

柳野に告白する、奴がそう言った時、もうヤケクソな顔をしていた。
今までだって楓に対する気持ちがあるままに、他の女子と付き合っていたのに、今回はもう諦めた顔で。

「何もしなけりゃ、別れると思ったよ。すぐに。でも半年続いた。柳野さんって我慢強いんだか、本当に無欲なのか図太いのか。女子にしては貧欲すぎるか、彼女の好意は恋愛ではなかったか。とにかく、別れてよかったけど、それはそれで腑に落ちないよね、俺が振られるなんて。」
「くそめんどくせえ。」
「ひっど!本当岩ちゃん冷たいよ!酷い酷い酷すぎる!俺たち大親友だよね?!大!親!友!かわいい相方がこんなに悩んでんだよ?それをくそめんどくせえって冷たすぎだよ!及川さん泣いちゃうよ?!」
「気持ちもない相手と付き合って、それは誰のためになった?楓か?柳野か?お前自身か?」

今まで笑っていたふざけた顔を辞める。わかりきっていることだ。誰のためにもならない。全員を傷付けて、全員大火傷だ。


「岩ちゃんだってわかってるだろ?楓がどう思ってたか。」

否定も肯定もしない。
及川同様、楓とも同じ付き合いだ。家だって近い。家族ぐるみだ。
及川がいつから楓を好きか、楓が及川に対してどんな感情を抱いているのか。
ここまで長ければわかる。
意地の張り合い同士の、我慢強い同士の、…一途同士の。

「真面目さ。大真面目。本気で言ったときもある。真正面から言ったって、あえて誰かと付き合ってみたって、何しても変わらない、いつものままなんだ。いつものあの笑顔で、とーるとーるって。」

クッションを叩く。
その強い音だけが響いて、あとは何の音もない。

「あの声で無邪気に、あの笑顔で。俺を壊しに来るんだよ?待ってみても押してみても、何も変わらないなら、どうすればいいのさ?柳野さんと付き合って、取られたくないって思わないのか?あれが恋じゃないわけがないだろ。」

本当に守りたいものに対して、及川は切羽詰まる。それを傷つけてでも、乱暴に奪おうとする。

「お前の事情に、関係ないやつ巻き込むなよ。柳野だけじゃない。楓も傷ついてんだぞ。」
「知らないね。元はと言えば楓が悪いんだろ?こんなに言って、気づかないわけがない。逃げる意味がわからないんだよ。」
「そういうところなんじゃねえの。楓が逃げるの。」
「は?」
「そうやって腹の中に飼ってるその黒い部分が、逃げ出す原因じゃねえの。」

短く答えてしまえば腑に落ちないまま黙り込んだ。明かりはつかないまま、時間だけが虚しく進んだ。





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