マネちゃんズ



「…っ。」
「お前は何でもかんでも誤魔化そうとするけど、もう無理だよ。」

楓、と呼んだ。
呼ばれ慣れた自分の名は、酷く心を抉った。

「柳野さんと付き合う前から。言ったよね。好き、だよって。」

ちがう。
及川のそれはちがう。
勘違いしてるんだ。
幼馴染で、長く長く一緒にいたから。
好き、と、錯覚しているんだよ。

「…なんで何も言わないんだよ。」
「痛っ」

今日の及川は機嫌が悪い。いつもならあの砕けた言い方で、笑って、流してくれるのに。

「意味がわからないほど、鈍感じゃないだろ。」
「……。」
「なんで何も言わない!!」

今まで及川が怒鳴ることなどなかった。
一回たりとも。…でも。今は完全に。


「お前がそうやって曖昧な態度をとるから」

掴む腕が強くなる。
ちぎれそう。

「…お前のせいだよ。柳野さんを傷つけたのは。楓じゃないか。」

及川の言葉に寒気がする。息が詰まる。ただただ聞きたくなかった。そんなの、そんなの私が一番…

「うるさい!」

世間じゃ夜中に突入する時間に大声を出してしまったが、気にしてられなかった。
私を掴んでいた手が一瞬緩んだ。その隙を逃さず腕を振り払って走る。全力で走る。人間という生きものは逃げ足が本当に速い。自己最短記録で家に着いて、汗とその他諸々洗い流すべく風呂場へ直行した。
蛇口をひねってシャワーを出す。すぐ冷水が温かくなった。流水音が浴室に響いていく。頭から浴びると、湯気が立ち始める。正面の鏡が曇っていって右手で拭く。鮮明になった鏡に映った自分の顔はあまりに情けなくて、みっともなくて、泣きたくなる。

「嘘つき。」

呟いた独り言は、お湯と一緒に流れていった。




・・・




「楓ちゃん!」
「…え」
「どうしたの?ぼーっとして。」

瑞穂が首をかしげる。
そうだ。今日はオフだから、遊びに行こうって、話をしていたんだ。

「あー、ごめん。今日はちょっと、」
「…そっか。じゃあまた次回だね。」

瑞穂が、口を開く度、心臓が抉られてるような、締め付けられてるような、

「ごめんね。」

息が出来なくなる。

「昨日も日付け変わって帰ってきて。どうした不良娘。」
「え?何菜々実昨日岩泉のとこ泊まったの?」
「布団が暖かかったー。」
「岩泉、が、暖かかったー、の間違いじゃない?」

うるさい、と蹴りを入れられてしまった。
岩泉と菜々実も、去年付き合い始めた。
2年の文化祭。
瑞穂と及川。菜々実と岩泉。同じ日に。

脳裏にあいつの顔がよぎる。
忘れようと何度も思っても、首を振っても、消えてはくれない。


  ―俺が好きなのは、楓だよ。


…ばか。ばかばか!
岩泉と菜々実はこんなに円満なのに。どうして、瑞穂と、及川は。
どうして…?





「おーい、マネージャー。」
「花巻君、松川君。」

呼ばれて振り返れば、花巻君と松川君がいた。おーす、と片手を上げて、机の前にくる。

「今日空いてる?」

花巻君が聞いてくる。そしてチョコをくれた。見れば、みんなにあげている。
シュークリームが好きなんだって。甘党なのかな。いつもお菓子持ってるなぁ。

「ありがとう!私と菜々実ちゃんは空いてるんだけど、楓ちゃんは空いてないみたい。」
「何々?米原先約?」
「バイトですー。」

花巻君が面白そうに聞けば、楓ちゃんはやる気なさそうに答える。そっか、バイトだったんだ。
それだけ告げて、机に突っ伏してしまった。

「寝るなよ。」
「…つん。」
「ちょっとまつまつつむじつつかないで!」

松川君、何してるの、かな?突っ伏した楓
ちゃんのつむじを指でつつき始めた。それに対して楓ちゃんは突っ伏したまま答えたけど、見なくてもわかるんだ…。

「あたしらは平気だけど、遊ぶ感じ?」

菜々実ちゃんがノートをしまう。
生徒会のだ。来週分までは片付けた。
菜々実ちゃんの言葉に花巻君はそ!と短く答えた。

「久々に三年生で交流会でもしようじゃないの!」
「…確かに去年以来か。いーじゃん。瑞穂、行こう!」

確かに最近、このメンバーで行かなかったなー。受験にはもう少し時間あるし…。でも、

「…うん。」
「及川呼ばないから。」

松川君が言う。

「そうそう、あいつうるせーし。」

花巻君も続けて答える。そして楓ちゃんの頭の上にキットカットを積みはじめる。
本当に何をやってるんだろう。

「一生呼ばないで。あたしあいつ嫌いなんだ。生理的に無理。」
「ばっさり言うなぁ、唯川。」

花巻君の言葉で菜々実ちゃんに拍車がかかる。

「もう本当に無理。ありえないから。なにあのキザな感じ意味不鳥肌。ただでさえふざけてるのに主将とか。それで俺めちゃくちゃモテるエクスタシーみたいな感じでさ。捻挫しろっての。」

…後半がよくわからなかったけど。菜々実ちゃんは机をバンバン叩いた。
確かに中学の時から、別にどうでもいい、と言っていた。
私たち、みんなマネージャーとして仲良くなったから、やっぱバレーを見てて、プレー面の話はよく盛り上がる。

「それに何、あの『信じてるよ、お前ら。』ってやつ?威張るな。確かにサーブは上手い。セッターとしての実力もある。ただ、神聖な部活場に、女。女、女、女、のモブ!きゃー、及川くぅん!はーと、じゃないから。6人全員上手いから!6人、いや、渡入れて7人か…。みんなで上手いんだから。そんなうるさいモブ、練習に連れてくるな。主将なら入館させるな。本当。よく彼女いてそんなことできたもんだわ!」

菜々実ちゃんは一通り喋ったあと、私を見た。

「瑞穂。男見る目がない。」
「そんなこと、」
「なんて言わないよ。あたし、クソ川嫌いだけど、瑞穂が本当に好きになったってことは、きっと良い部分があったんでしょ?まっっっっったく浮かばないけど。見た目だけで好きになる子じゃないんだから。」

菜々実ちゃんは笑った。岩泉君と同じようなこと言うよなぁ。
付き合うことになった、と告げた時も、少しだけ間があったけど、よかったねって笑顔で言ってくれた。
瑞穂がずっと好きだった人だもんね、って。

「クソ川じゃ、俺もクソ川だけど。俺は良し川でいい?」
「ごめん、松川!大丈夫、松川のことは好きよー。」
「でもはじめのほうがもっとすきー。」
「ちょっと花巻あたしそんな声汚くないけど。」

そんなやりとりについ吹き出してしまった。松川君も花巻君も本当に面白い。

「そーそー。マネージャーは笑ってなんぼだろ。あの雄々しいバレー部に3人の美少女!…燃えるな。」
「そして花巻は誰とも結ばれることない3年間を迎える、と。」
「うるせえ!で。米原いかないの?」
「だからいか、んわぁぁあ?!」

完全に睡眠体制に入っていた楓ちゃんの肩を花巻が叩く。それで楓ちゃんは頭を上げたけど、積まれたキットカットが激しく崩れてしまう。

「な、なんだよこれ!」
「キャージシンヨー。」
「まったくもう人で遊ばないでよね!」
「とか言って全部鞄にしまってるじゃない。」

散らばったキットカット、楓ちゃんてば全部鞄に入れちゃって。

「え?お供え物じゃないの?」
「楓ちゃん、それじゃあ、お地蔵様だよ。」
「米原地蔵行こうぜ。」
「花巻地蔵、バイトでござるお許しを。」
「地蔵が地蔵に供えてどうすんだよ。」

楓ちゃんはひたすらキットカットをしまい続ける。花巻君は回収する気配がないから、本当にあげたんだな。楓ちゃんにはいっぱいあげてるしね。

「お前バイトやめたじゃん。証拠は上がってんだ。白状せえ」
「…チッ」
「おおー。不良娘が、とうとうあたしらに隠し事か?」
「やだやだ末っ子が拗ねちゃって。困りますねー花さん?」
「そうねー、いつもはパフェ!ケーキ!肉まん!って食べ物の話しながらついてくるのに…まさか彼氏でもできたんじゃなくて?松さん?」

噂話をする主婦の方々、みたいなノリで、花巻君と松川君は言う。
それに対して楓ちゃんはキットカットを数える。

「大漁祭りだ!」
「おい無視すんな。」
「ママもパパもひどい!楓、家出するから!」

そう言って楓ちゃんは立ち上がる。
鞄を持って。

鞄を、持って。

「は、…え?楓ちゃん?」
「なにしてんの?楓。」
「彼氏できた、という暴言に、米原の心はひどく傷つきましたゆえ、誠に恐縮ですが、本日の午後の授業は早退させていただきます。」

機械的に告げて、楓ちゃんは上着を羽織る。

「え?お前マジで帰えんの?」
「米原授業日数大丈夫なの?」

みんなが状況を理解していないなか、楓ちゃんはドアまで歩いて行った。

「楓ちゃん!」
「勘違いしないでよね!面倒くさいだけなんだからね!」

漫画とかでいるようなツンデレさん発言をして、楓ちゃんは出て行ってしまった。

「まじか…」
「楓最近多いからね。」

唖然とする花巻君たちに、菜々実ちゃんは冷静に答える。
確かに去年くらいから増えたかな。
それにしたってやっぱり授業は受けないと。

「で、結局あいついんのかな?」
「…いや、聞いたことないな。」

楓ちゃんこそ、モテそうだけどなぁ。
私たちの中で一番最初に恋人できそうだったのに。


しょうがないな。
ノート、分かりやすく書いとこう。写しやすいように。





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