元カレくんと元カノさん
別れたら瑞穂ちゃんは部活を辞めるかもしれない。
ちらりと考えていたけれど、そんなものは考えるだけ無駄だったらしい。
俺の元カノさんはおとなしそうな外見に伴わず、図太い神経の持ち主だった。
辞めてくれたほうが俺としては都合が良かったんだけど。
付き合う前と変わらず体育館へ足を運び、せっせとマネージャー業務をこなしている。
まだ新入生が慣れてないこの時期に辞めたら部員が困るからだろう。ほんと真面目さん。国見ちゃんと足して二で割ればちょうどいいのに。
まあ、俺から瑞穂ちゃんに話しかけないし、彼女が俺に話しかけることも無い。
たまに事務的な確認はあるけど、みんながいるときだけ。
そうそう部活で俺と二人きりにはなるわけないので、本当に俺と瑞穂ちゃんは元に戻ったのだ。
カレシとカノジョではなく、ただの部員とマネージャーとしての俺達に。
なので。
「…瑞穂ちゃん?」
こうして完全にオフの日に会うなんて思ってもみなかったのである。
「………」
「………」
うっわー何これ最悪すぎじゃん。
瑞穂ちゃんも瑞穂ちゃんで固まってるし。めんどくさ。
かといってこんな至近距離で無視も出来ないので、適当な話題を振る。
「買い物?」
「あ…うん。参考書買いに」
「勉強熱心だねぇ、瑞穂ちゃんは」
俺が繕うように笑えば、瑞穂ちゃんは申し訳なさそうに目を反らす。
一応こっちは気を遣ってるのに随分な態度だね。
そんな態度するくらいなら、早くどっか行けばいいのに。
加害者ぶってんの?
俺に対して後ろめたさがあるから?
そういうのムカつくよね。典型的な偽善者だよ。
「あー、フッたのに話しかけんなってこと?ごめんね、無視も失礼な気がしてさ」
我ながら嫌味な言い方。こういう言い方すると大抵の女子は憤慨するか泣くよね。
恥辱に染まった顔で「見損なった」だの「そんな人だと思わなかった」だのなんだの喚き散らす。
勝手だよ。そんなヤツとホイホイ付き合ったのは、どこのどいつだっつーの。
「………」
「瑞穂ちゃん?」
瑞穂ちゃんが俯く。もしかして泣くかな?瑞穂ちゃんは怒鳴るタイプじゃないから、ポロポロ涙を流すかもしれないな。
あー、ウザい。
公共の面前で泣かれると、周囲の目とか色々と困るから控えてもらいたいんだけど。
しかし俺の心配をよそに彼女は静かに首を横に振って、俺と目を合わせた。
「及川くんは、優しいね」
「は?」
この子何言ってんの?優しい?俺が?どこが?
「声かけてくれたのに失礼だったよね。気が利かなくて、ごめんなさい。ありがとう」
慈愛に満ちた笑みを浮かべて謝罪と礼を述べる。
どっちも違うだろ。
「ごめんなさい」でも「ありがとう」でもないだろ。
バカじゃないの?なんで何も言わないの。俺に対してもっとあるんじゃないの。
どこまでお人好しなわけ?
「…瑞穂ちゃんってマゾなの?」
「え?えっと、痛いのは嫌だよ?」
質問の意味が分からず首を傾げる瑞穂ちゃん。
Mじゃないなら、やっぱりバカだ。瑞穂ちゃんって勉強できるのに頭悪い。憐れ。
「ほんと救いようがないなぁ」
「え?」
「なんでもないよ」
うまく聞き取れなかった瑞穂ちゃんに笑顔を向ける。困惑している様子だけど教えないよ。
「じゃ、またね。瑞穂ちゃん」
「うん。また部活で」
ひらひら手を振って踵を返す。二、三歩進むと「及川くん」と引き留められた。
ちょっとビックリ。まさか呼び止められるとは思わなかったから。
「何?」
振り向けば、苦笑いの瑞穂ちゃん。
「あの、及川くんにとっては、どうでもいいことかもしれないけど…」
今度は俺が首を傾げる番。今の会話の流れで当てはまることってなんだ?
俺が質問しようとしたら、彼女が答える。
「私のことは苗字で呼んで」
―もう私と貴方は関係ないから。
…そう言われた気がした。
あくまで彼女は穏やかで、目をそらしたくなるくらい真っ直ぐだ。
なんで俺ずっと彼女を名前で呼んでたんだろう。
終わったのなら、そう呼ぶ必要ないのに。
「…そうだね。柳野さん」
元の呼び方に戻って、彼女は納得したように頷いた。
「うん。引き留めてごめんね。じゃ、また部活で」
彼女は歩き出す。後ろ姿が遠くなる。
俺は彼女が見えなくなって、ようやく足を踏み出した。
…ほんと、どうでもいいよ。
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