カノジョさん


「好きです。付き合ってください。」


りんごみたいに赤い顔。震える声。真っ直ぐな双眸。
気付けば首を縦に振っていた。














−−−4月。
世間では春だが、まだ少し肌寒い季節。
暖かな教室で、その声は響き渡る。

「「別れたぁ?!」」

親友二人の反応は予想していた通りだった為、柳野瑞穂は驚くこともなく「うん」と返す。
言った本人はそこまで表情は変えていないが、二人は鬼気迫る形相だ。

「いつ!?」
「えっと、春休み入る前」

米原楓は強めに机を叩く。痛そう、などと瑞穂は冷静なことを考えたのち、冷静に答える。

「ちょっと待て。それって軽く二週間は経ってるよね?その間たまにあたしら会ってたよね?」
「部活あったからね」
「そんとき何も言って無かったよね?!」
「まあ…聞かれない限りは言う必要もないと思ってたし」

それに続くは、唯川菜々実。彼女も性格上、落ち着いて聞いているが、逆に顔が真顔すぎる。つまりは動揺している。
こうなる事を予測して、言わなかったのだが…。

それでも冷静に答えられてる、と改めて瑞穂は思った。

「…あいつ。」
「楓…いってら。」
「えっ?!い、いいって!」

楓はいつになく低い声で呟いた。それを聞いた菜々実は彼女の行動が読めたのか、見届ける。更にそれを読んだ瑞穂は制止に入ろうとしたが、それは叶わなかった。



「…なんでまた。」
「不釣り合いだったんだよ、私とじゃあ。」

そうやって笑ってみせるものの、彼女の笑顔は泣きそうで。そんな顔にさせてしまうほど、気付けなかったなんて。
菜々実はもどかしい気持ちを押し殺し、瑞穂を抱きしめた。










「はーい、米原入場ー!」

男子バレー部三年は、よく一緒にご飯を食べている。
三年はいつも部室にこもり、ご飯を食べるのだが、突然の来訪者に一同が肩を揺らす。

「おおぅ…米原どうした。」
「なに、…何用?」

食事を済ませて、お菓子を食べていた花巻、松川はマネージャーの来訪に、何かしただろうか?と頭を働かせた。
が、この、米原楓というマネージャーは、部活絡みの来訪はしない。用があるなら幼馴染にだろう。安心してお菓子を食べる。

いつもなら「ちょーだい!」などと同い年ならぬ子供っぽさを出すので、お菓子を渡そうと花巻は手を出したが、それは華麗にかわされる。

「どーした、楓。」

岩泉は短く聞いたが、楓の目線の先は別のものを捉えていた。

「…楓」

ぶぇっ、という情けない声とともに、バシン、と言う音が広がる。予想だにしていなかったその男は、叩かれた方向に体勢を崩した。

「ええぇーっ?!」

ついお菓子を落としてしまう花巻。声こそ出さなかったが驚く松川。唖然とする岩泉。

「いっっった!っなにすんのさ!顔に傷がついたらどーすんの?!」
「これ如きで傷つくわけないじゃん。」

殴られたその男、及川 徹は左手で頬を抑えながら立ち上がる。一方の楓は、凶器の月刊バリボーにダメージは無いか確認をする。

「意味わかんないよ及川。」
「いや、意味わかんないの、楓の方だからね?!俺被害者だからね?!」

冷たく言い放つ楓に、及川は強く言う。


「ちょっと何々岩泉あれ何?」
「知らね。」

つい後ずさって距離を保ちつつ、花巻は指をさす。うちのマネージャーはこんなに凶暴だったろうか。いや米原は違う。

「っなんで!バカ徹!」

その目に涙をためて、楓は叫ぶ。

「…瑞穂ちゃんのこと?」

下を向いている楓に、小さい声で聞く及川。柳野瑞穂。及川の彼女。いや、元 彼女。
ついこの間、別れた。
及川は一度だけ顔を歪めるが、いつものようにピースサインを添えてヘラりと笑う。

「そーなの!別れたんだよね!及川さんフリー!」

その言葉に、楓の頭にはさらに血が昇る。月バリを強く握る。
その顔、よく知っている。
唇を噛み締め、その勢いのまま及川の脳天に角を叩きつける。
蛙が車に轢かれて潰されたような声が聞こえたが、どうでもいい。

「ちょ、角って!角はないよ!及川さんマジ泣きしそうなんだけど!」
「ふざけんな!このタラシ!」

今度は頭を押さえる及川の訴えを掻き消すように叫んで、楓は目の前にいる長年の腐れ縁の男を睨み付ける。
感情が昂って涙はこぼれてしまったが気にしてられない。
及川は幼なじみの眼に喉が引きつって反論できない。



「女泣かすんじゃねえよクソ及川。」

それまで傍観していた岩泉が口を挟む。
分かりやすく嘆息すれば、楓にポケットティッシュを渡す。
楓は素直に受け取って鼻をかんだ。


「楓。ひとまず落ち着け。おいクズ川謝れ。」
「分かりやすいヒイキだね岩ちゃん!せめて事情くらい聞こう?!」
「楓を泣かした時点でおまえが悪い」
「う…」

岩泉の一刀両断に及川は言葉に詰まらせると、花巻と松川は身を寄せて囁き合う。


「やーね、女の子泣かすなんてーどう思います松さん」
「最低ねー男としてありえないと思いますわー花さん」
「俺の味方は誰もいないの!?あとマッキーと松っつんのソレめっちゃ腹立つ!」

喚く及川を尻目に岩泉はもう一人の幼なじみの顔を覗きこむ。
俯いているため表情はハッキリ分からないが目の縁は赤い。
だが先程よりは熱が冷めたように窺える。


(一旦このまま教室に帰すか。なんか嫌な予感するしな)

そう判断した岩泉が「楓」と呼ぶ前に彼女は勢いよく顔をあげる。

「及川滅べ!」
「グフゥ?!」

及川の弁慶の泣き所を蹴り飛ばし、楓は部室を出ていく。
岩泉は思った。

悪い予感というのは当たるものなのだと。





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