「ねぇ夏乃ー。」
「なにー?」
「よく卒業式とか入学式の時に桜が満開ーって、アニメとかドラマとかであるけどさぁ」


今日は3対3の試合、当日だ。
外に咲いている桜を眺めながら、佐竹は橋沼に告げた。


「あれって、こっちではあり得ないよねぇ。」
「そうだねぇ。」
「やっと八分ですねぇ。」
「そうだねぇ。」
「入部試験ですねぇ。」
「そうだねぇ。」


一方の橋沼は桜に対して、一瞬だけ目を向けた後すぐに携帯に視線を戻し、懸命に人差し指を動かしている。


「話聞いてる?」
「そうだねぇ。」
「その画面のやつクルクルしていい?」
「ダメに決まってるでしょ?!うちのかわいいドラゴンちゃんが死ぬ!」
「ゲームにだけ反応されるとなんかムカつく。」
「ごめんなさい。」


玉を動かして同じ色に合わせて、連鎖することにより攻撃する、携帯ゲームをやっている。せっかく45までレベルを上げた可愛い可愛いドラゴンちゃんだ。横からの妨害は全力で避けたい。

入部した今、橋沼夏乃に残された時間はこの通学時間である。この、短い時間こそが彼女の至福の時間だ。


「ねえ、前みないとさ、」
「ぶつかるよ?」
「うぶっ!」

言わんこっちゃない。ため息をついて佐竹はぶつかってしまった人に謝るべく、前を見る。

「おはよう佐竹、橋沼。」
「おーす。」
「主将!菅原先輩!」

そこにいたのは主将副主将の3年ペア。相手がわかった途端、コンマの速さで携帯をしまう橋沼。

「橋沼何見てたのー?」
「べべっ別に。おはようございますき、す、菅原先輩、主将さん先輩。」
「(キス…)ん、お…おう、おはよう。 」
「(スガ動揺したな。)うん、おはよう。その、主将さん先輩はやめようよ。」

思わずキングダム先輩、と呼んでしまいそうになり、慌てて修正する橋沼に、素直に聞き取った菅原は少し動揺した。

年頃の男子高校生には、キス、という単語はドキドキものだ。

「は、橋沼。えっちなの見てたんだベー?」
「ばれてるよ、夏乃。」
「ち、違いますよ!えっちって言ったほうが変態なんですよ!」
「そこまで言ってないだろー。」

本当、菅原先輩は夏乃を気に入ってるな、と佐竹は思いながら、また桜を見る。
もう少しでやっと満開だ。

「あ。佐竹、ちょっと。」
「はい?」

澤村は突然佐竹の髪に手を伸ばす。
ずっと髪を見つめたのち、その手は戻っていった。

「あ。」
「花びら、ついてたよ。」

澤村は桜の花びらを見つめたのち、佐竹に渡した。

「ハートの形してるね。」
「そうですね。可愛い…」
「さっきからよく見上げてたけど、桜好きなのか?」
「好きか嫌いかといったら好きですよ。ちょっと切なくなりますけどね。」
「切なく、かぁ。どうして?」
「なんとなくですけど、ハートが落ちるみたいだから‥ですかね?」
「そんなにハートが散っちゃったら、悲しくないか?」
「だから、ちょっとだけ苦手なんです。」

少しだけ眉を寄せて笑う佐竹を見た後、今度は桜を見上げて澤村は言った。

「それなら、そのハート1個1個に想いがあって、いい意味で実って旅立ったハートってことにしようよ。」
「実った…」

その澤村の発言に、とくん、と鼓動が高鳴る。

「なになに大地ー?可愛いこと言ってんなー?」
「うっ、うるさい!」
「実って旅立った…あ!恋が叶ったってことですか!凄い!ろまんち主将さん先輩!」
「ば!そんなんじゃ!!」
「大地ってロマンチストだったんだなー。」
「スガ!」


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