「…来ない。」


冬子はため息をついた。部活を始めて30分。夏乃が来ない。

入部届けを出したんじゃないのか?昼に。
活動場所がわからないわけじゃないだろ?もう2年生だし。
一応活動場所は教えたけど華麗に既読スルーだ。やりたいゲームはクリアしたんじゃなかったのか。クリアしたら入部するんじゃなかったのか。
おい橋沼夏乃。面倒だから電話はしないが、返信しろ。


「おい田中、佐竹機嫌悪くねーか?」
「さっきまでなんかスースー言ってたけど、今は舌打ちしてね?」
「佐竹さんってそんなキャラだったっけ?」


冬子の機嫌の悪さを遠くから見つめながら、木下、成田、縁下は田中に小声で言う。


「わはは。あれは多分口笛だろ、成田。確かにさっきまでご機嫌だったけどなー、頻りに携帯見てるし…まさか!」


田中は確信した。携帯を見て感情が上下する、ということは、だ。


「なぁ佐竹ー!」
「バッ…田中!」


田中は冬子に手招きをした。

佐竹冬子という女生徒は、2年の中で中々人気がある。少し近寄りがたいがどこかのお嬢様みたいな容姿、友達と話している時の楽しそうな顔。とにかく絵になる。高嶺の花。3年の清水潔子と同じくらい人気があるし、どことなく似ている気もする。
そんな注目の的である冬子に話しかける勇気は、あまりない。

木下と成田が急いで止めるが、冬子は「何?」と歩いて来た。


「お前さぁ、携帯ばっかみてよお…コレ、だろ?」


田中はニヤつきながら、親指を立てる。言わば、彼氏できたの?のサインである。


「は?」


そんな田中に短い一言。


「(うわ〜、佐竹さんピリピリしてるなぁ。)田中、何を言い出すのかと思ったら。」
「さ、佐竹、気にしないでね?」
「そ、そうそう!」


呆れる縁下。しかし、木下と成田は動揺している。2年の中で1番モテる佐竹の彼氏…気にならないわけがない。

誰だ誰だ?サッカー部の今村か?それともバスケ部の古川か?
まさかうちのバレー部?!じゃあ主将か?!


「「…勝てねえ」」


成田と木下が声を合わせていう。


「弱気になんないでよ、バレー部。」
「あ…いや、」


完全な独り言だったのだが、冬子も勘違いしているだろう。これは。


「それに田中。バカ言わないで。コッチだから。」


冬子は向き直して小指を立てる。


「…女…だと?」


それを見た田中が膝から崩れ落ちる。

まさか佐竹は、女が好きなのか…?確かに潔子さん親衛隊(非公認)に入っているが。それは女性として憧れる…じゃないのか?
まさか。まさかまさか。


「おい佐竹コラ。まさか彼女って潔子さんじゃねえよな?コラ。」
「は?田中何言ってんの?」


親衛隊とて許せん。みんなの潔子さんだ。
縁下にはわからないだろうがな。


「バカね!潔子さんは女神だって言ったでしょ。付き合う付き合わないじゃなくてそもそも次元が違うの。なめんな。」


潔子さんと付き合う?自殺するわだったら。あんな女神様とお付き合い、とか、潔子さんの格が下がるじゃない!
それに女の子は好きだけどこれは恋愛感情とかじゃないから。女の子って可愛いじゃない!一生懸命可愛くなろうと努力して、彼氏のため、とか自分のため、とか。


「って、違う違う。そうじゃなくて。こいつから連絡来なくて。」


そう言って、夏乃の写真を見せる。


「あ。こいつ…」
「橋沼さんだ。」


田中と縁下が言う。

田中とは去年同じクラスだったはず。縁下は違うでしょ。進学クラスだから。あの人見知り激しい夏乃とどうやって知り合ったんだ?


「そーだ橋沼だ。縁下知ってんのか?」
「いや、知ってるってほどじゃないけど。お昼に裏庭で会った。」


…裏庭?主将のとこ行ったんじゃなかったのか?


「縁下、詳しく。」
「ああ、うん。蹲ってたから体調悪いのかと思って声をかけたら、どなたですかって言われた。」 
「はぁ?なんだそれ?」


冬子が詳細を聞けば、縁下は可笑しそうに話す。それを聞いた2年は首をかしげた。
開口一番がどなたですか、だったのだろうか。


「その橋沼なんだけどさ、佐竹。」
「は、はいっ主将!」


2年の会話の中に澤村と菅原が入ってくる。


「さっき入部届けを持ってきたぞ。マネージャー志望で。」
「そうですか…!」
「大地バリボー主将先輩!だってさ!あれは笑ったべ!」


少しくしゃくしゃになった入部届けを見せてもらう。なんでくしゃくしゃなんだ?
菅原先輩は菅原先輩でどことなく楽しそうだ。


「橋沼さんて、県総体観に来てましたよね。」
「え?!そうだったのか?」
「なんだよ田中、気付いてなかったのかよ。」


縁下の言葉に田中は驚いたが、菅原先輩は普通だった。伊達工戦で負けたあの日。先輩が折れたあの日、夏乃は観に来ていた。
部員との接点なんてまるでないのに。私が呼んで来てもらったのに。あの時、夏乃は泣いた。「エースさん、辛いだろう」と泣いていた。

感情を直ぐに出せる夏乃が、羨ましかった。


「あぁ、うん。来てたね。来てたんだけど、入部届けを紙飛行機にして出すのはどうかと思うのね?」


澤村の言葉に、一瞬で空気が変わった。
さっきまで笑顔だった菅原まで、目をそらす。


「しゅ…主将、まさかとは思いますけど、あいつ…やらかしました?」
「佐竹の友達だから言っといてほしいんだけど、入部届けを紙飛行機にして人に飛ばした挙句、部活にすら参加しないのはよろしくないから。明日からはちゃんと来いって。」


澤村はそれだけ告げると「再開するぞ!」とコートへ戻って行った。
はぁ、と冬子は深いため息をつく。

よし。明日あいつ、ぶっ飛ばす。


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