それぞれの立場〜りん視点〜【榊柊＋オサりん】(りん)
街外れにある小さなカフェ。白を基調に作られたおしゃれな店構えだが、場所が大通りから外れているからか客の数は少ない。静かなジャズの曲と共に午後のティータイムを楽しむにはもってこいの場所である。
とある昼下がり、その店で紅茶を楽しむ二人の女子が会話に花を咲かせていた。
「じゃあ、渡邊先生と相変わらずなんだね」
「うん、連絡もあんまりないし」
ストローでアイスティーを混ぜながら溜息交じりにりんは言う。甘さが足りないとガムシロップを追加しながらもう一度深く息を吐いた。
柊は後輩のより繋がりで知り合った氷帝生だ。自分の気持ちを知っているよりが是非会ってほしいと言う人だから会ってみれば、教師に恋をする同じ立場の人間で、色々話が合う。打ち解けるまで時間はかからなかった。
時々会っては互いの近況報告をしており、今日も、りんのオススメであるこの静かなカフェに来ていた。
「連絡ないの？」
「メールも電話もいつでもしてきていいって言ったからしてるんだけど、向こうからはほとんどないし、返事もあんまりない」
カラン……と、氷が少し溶けてグラスの中で音を立てる。このまま自分が抱える想いも溶けてなくなればどれだけ楽だろうか。別れ際に「いつでも連絡してきてええから」と言われて渡された電話番号とメールアドレスが書かれた一枚のメモ用紙。その言葉に甘えて何度かメールをしたが、電話は数える程度。相手からはほとんど皆無に近い上に、返事がくるケースの方が少ない。
報われない。その言葉があまりにもピッタリ当てはまりすぎた。
「柊は、榊先生とどうなの？」
「私はー……まあ、そこそこかな」
自分のことを考えるのはよそうと思い、柊に話を振るが、彼女は言葉を濁していた。ホットミルクティーが入ったカップに口をつけるだけだが、その洗練された所作に彼女は氷帝のお嬢様なんだなと改めて実感させられる。
「そこそこって」
「なんていうかさ、先生は本当に私のこと好きなのか不安になるんだよね」
そう言ってカップをテーブルに静かに置く柊の表情は今にも泣くのではないかと心配になる程、切なげなものだった。
「会いたいなあ……」
そう呟く柊の気持ちに同意を示して頷く。
「私も、会いたいな」
片想いでもいい、好きという気持ちさえあればいい。そう思っていたはずなのに、人間とは欲張りなものだ。少しでも進展があればそれ以上を望んでしまう。彼から何かしらアクションが欲しい。自分ばかりではなく、彼の方から起こすもの望んでしまうのだ。
そこまで考え、本日何度目になるかわからない溜め息を漏らす。付き合ってもいなければ、想いを伝えることすらしていないのに相手からのアクションを望むなどワガママにも程があるだろう。そう思い直し残りのアイスティーを飲み干そうとストローに口をつけた直後のことだった。
「ああ、ここやここ」
聞き慣れた彼の関西弁。聞き間違うはずもない。今までずっと身近で聞いていた大好きな人の声だ。
「な、んで、え、オサムちゃんの声……」
好きすぎるあまりに幻聴が聞こえるようになったのだろうか。重症だと思い込もうとするが、目の前の柊の様子がおかしい。視線を忙しなく彷徨わせて驚愕の表情を浮かべていた。
「居った、居った。りーん、会いにきたでー」
へらっと笑いながらオサムはりんと柊が居るテーブルまで近付いてきた。何ヶ月ぶりだろうか。久々に会った彼の姿は相変わらずで、愛しさが募り上手く言葉にならない。
「オサムちゃん、なんで、あの、え」
困惑して何を訊けばいいのか、何を言うべきなのかわからないりんに、もう一人男性が近づく。その人は柊の隣に立つと口を開いた。
「すまないが、彼女を借りても？」
りんに一言断りを入れた男性はスーツを着たいかにも紳士という見た目の人だった。柊の知り合いなのだろうが、あまりの迫力とオサムが傍に居るというよくわからないこの状況に、りんはただひたすら頷くしかできない。
「柊、行こうか」
「え、先生？ あの」
背を向けて歩き出した紳士に置いて行かれないようにと柊は慌てて立ち上がり、鞄から財布を取り出してお金をテーブルに置く。
「ごめん、りん。ここに置いておくから！ また帰ったら連絡するね」
返事をするより早く柊は店から出てしまった男性を追って行ってしまった。
残されたりんの隣にオサムが腰掛けたと同時に店員が柊の飲みかけだったティーカップを片付ける。
「冷コー、一つ」
きょとんとしている店員に、りんが助け舟を出す。
「アイスコーヒー、一つお願いします」
「かしこまりました」
店員が下がると、オサムは「ほー……」と感心したような声をあげる。
「冷コー通じひんのか」
「大阪ちゃうんやから」
オサムと話すとせっかく直りかけていた方言が出てしまう。こうして話していると四天宝寺に居た頃を思い出して鼻の奥がツンとする。
「オサムちゃん、なんでここ居るん」
聞きたいことは山ほどあるが、まずはこれだろう。その質問にオサムはニカっと笑いながら口を開く。
「そら、お前、りんに会いたかったからに決まってるやん」
「部活は」
「休みや」
「白石くんに怒られても知らんで」
溜め息交じりに言えば、オサムは気まずそうに視線を逸らす。
「あー……それがやな、白石たちから行けって言われたっちゅーんもあるんや」
「は？」
テーブルに置いたスマホのバイブが振動する。メールが届いており、誰だろうと見れば今ちょうど話題にしている人物からだった。
《友人へのサプライズプレゼント贈ったで！ ええ二日間にしてや！》
とりあえず白石には《ふざけんな》とだけ返してスマホをテーブルに置く。アイツに恋愛相談をしたのは失敗だったと己の浅はかさを恨みつつも、このサプライズを嬉しいと思う自分も居るのは事実だ。
「馬券当たったんやー言うたらこれやで。あいつらお節介すぎや」
「ほんまそれな。先生、来る必要なかったやろうに」
付き合ってもいない女に会いに行かなくてはいけないなんて、教師も大変だなとりんはぼんやりとそんなことを思う。美味しいお酒を飲むとか、もっと使い道はあっただろうに、なんだったら一言連絡さえあれば会いに行ったという既成事実のねつ造に協力だってした。
こんな風に会いに来られたら期待してしまう、望みはあるのかと勘違いしてしまう。
「何言うてんねん。会いたかったから来たんやろ」
「メールとかあんまり返事ない」
「あー、それは疲れて寝てもうてたりしてな。返信せなーと思って忘れてたり……」
しばいたろかこいつ。そんな怒りを抑えりように、りんは氷がほとんど溶けて薄まったアイスティーに口をつける。
「すまんな。せやけどやっと時間も金にも余裕できたんや。今日と明日、お前の好きな所に連れて行ったるで」
「……なんでそんなことするん？」
顔は見れなかった。もしもただの贖罪なら苦しいだけで、事実を受け止めるだけの勇気もない。だが、本心を知りたいという相反する気持ちに板挟みになっていた。
「俺がそうしたいからやったら理由にならへん？」
「……先生って狡いやんな」
「大人はそういうもんや」
「あの人、オサムちゃんの知り合い？」
「あの人？ ああ、榊先生な。お互いにテニス部顧問やし、まあ色々とな」
大人の付き合いやと言葉を濁すオサムをじとーっと睨むが、りんはふいっと顔を逸らした。
「柊と遊ぶ約束だったんだから」
「う……」
「その責任とって今日はうちに付き合ってもらうからね」
そう言えばオサムはおかしそうに笑ってりんの頭をくしゃっと撫でる。
「最初っからそのつもりや」
まだここから先に進む勇気はない。それでも、求めてしまう。
矛盾だとわかっていながらも、胸の内に秘めた想いを悟られないように。今はただ先生と生徒として、彼への想いを抱くことだけは許してほしい。そう、心の中で呟いた。
2013/10/06
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