冬の香りと(ロゼ)


「なんでユウジは私と話す時だけ声が謙也なの」

ふとそんな言葉を発したのは越野だ。いつものような面白い事ではなく、どちらかというと真面目な。

「え、別にええやん!スピードスターやで」

と、俺もいつもの調子で答える。
しかし、越野は不服そうに顔を歪めた。薄々勘付いてる。俺にだってこんな事している訳があるんだ。

「ユウジ自身の声って最近聞いてないんだけど」

越野は今にも怒りそうな勢いでこちらを一瞬だけ見た。
今日の廊下は少しだけ肌寒く感じる。

「んー、別にええんとちゃう?これもおもろいで」

と、次はいつもの忍足謙也の声ではなく、白石蔵ノ介の声で言ってみる。
俺はずっとこんな事をしているのは、一種の照れ隠しのようなものだ。別にだからと言って然程変化はないのだが。

「おもしろくないんだけどな…」

越野はまた眉間に皺を刻む。
語尾が小さくなって、今度は泣きそうなのでは、とさえ思う。

「まぁまぁ、俺やしええやろ」

今度はそう自分の声で告げると、はっとした顔をしてこちらを見上げた。
ああ、嬉しそうだなぁ…と思いながらそっと頭を撫でると恥ずかしそうに笑って、何とも可愛らしい。
何処かのクラスに飾ってあるのだろうか、金木犀の香りがする。
来年はもうこの廊下を共には歩けないが、彼女と季節を感じたいと素直に思った。