拒んでください、(越野)
謙也さんとひなた先輩が喧嘩した。
そう聞いた。正確には聞いたんとちゃうくて聞こえた、やけど。ユウジ先輩と小春先輩が話してるん、丸聞こえやったからしゃーないやろ。

放課後、いつもと同じ場所。椅子に座って突っ伏すのは俺だけで、独り。いつもは目の前にひなた先輩居るんに。少し顔を上げ部室の扉を見つめる。いつ来るんやろ、ひなた先輩。

何分、何十分か経ったんやろか。もうこおへんし帰ろかなって思っとった頃、部室の扉が開いた。

「ひな、」
「なんや、財前まだ居ったんか」

椅子から立ち上がってまで確認した扉を開けた主はひなた先輩やなくて、謙也さん。ユニフォームを着たままなトコみると、放課後の自主練習しとったってとこやろか。期待して損した。再び椅子に座り直し、顔を腕に埋める。

謙也さんは戸惑うことなく俺の正面に座った。

なんか、ムカつく。

いつもやったらひなた先輩が座っとった筈やのに。
疲れたーとか言いながら背もたれにもたれ掛かる謙也さんを横目で見て息を吐くとバッグを持って立ち上がった。

「あれ、財前帰るん?」
「帰ります、ほなお先」

小さく片手を振りながら部室を出る。扉閉める前にちょっとだけ謙也さんの声が聞こえた気いするけど、今はそんなん関係無い。あんままあそこ居ったらイライラしてしゃーないやろし。

いつもと同じ、帰路につこうと校門から出ると一人、誰かが壁にもたれ掛かっていた。…誰かっちゅーか、ひなた先輩、やんな。

ひなた先輩は俺に気付くと、俺に近付いてきた。ひなた先輩の顔にはいつもみたいな笑顔は無くて代わりになんや疲れたような表情しとった。謙也さんとの喧嘩が原因やろうけど、そんなん聞くほどでもない、やんなあ…。

「財前、その、時間…ある?」
「…ありますよ」



公園のベンチに座るひなた先輩の隣に座るとひとつ息を吐き出した。流れる沈黙、少しの間、微かに聞こえてきた嗚咽。ひなた先輩はボロボロ涙零しながら泣いとった。俺の視線に気付くと何もない何もないって必死に言いながら服の袖で涙拭うひなた先輩に苦笑した。

「何かあったんでしょ」

こく、と頷くひなた先輩。

「謙也、私のこと嫌いになったのかなあ…」

呟いたひなた先輩の鼻は真っ赤で。頬も真っ赤に染まってもうて、悪いけど、ちょっとだけ、かわええって思ってもうた。不純な気持ちを頭から振り払う。

「別に喧嘩くらいで嫌ったりせんと思いますけど、」

そこまで言った所でひなた先輩の口から直接喧嘩って聞いてへんことに気付いて内心ハラハラしとったけど、そこに触れんとひなた先輩はぐす、と鼻をすすった。

「そうだったらいいけど…」
「…ひなた先輩は、謙也さんのこと嫌いになってもうたんです?」
「ち、がうっ…!」
「せやったら謙也さんも同じですて、大丈夫です、心配せんでええですわ」

微かに震える手でひなた先輩の頭をぽん、と撫でた。なんでこの人は謙也さんとか好きなんやろ。っちゅーかなんで喧嘩とかしたんや。ひなた先輩、謙也さん好きなんか。いろいろな事が渦巻く頭でぎこちなく頭を撫でているとひなた先輩は俺の制服の裾を掴んだ。

なんとなく、ひなた先輩を自分の胸に迎え入れてみる。

ひなた先輩は拒否することなくすんなり受け入れてくれた。俺の胸で嗚咽をあげるひなた先輩を自分なりに精一杯慰める。背中をさすってみたり、頭をなでてみたり、軽く抱きしめてみたり。ひとつひとつの行動に俺の心臓はバクバクしてまうし、ひなた先輩の暖かさに早くなる鼓動がひなた先輩にバレてしまうんちゃうか、って心配でたまらんし。

泣き止んだし、そろそろええやろ、ってひなた先輩から離れようとするとひなた先輩は俺の背に腕を回してきた。
嬉しい、…嬉しいんやけど、離れられへん。っちゅーかなんやねん、離れて欲しくないっちゅー事なんやろか、いやそれは無いやろ。やってひなた先輩が好きなんは謙也さんやし、俺は今慰めとるだけやから。

「財前が恋人なら良かったのに」

…っちゅーて、ひなた先輩は呟いた。めっちゃいきなり過ぎて混乱するばっかで、意味がわからへん。
なんやねん、恋人って、やからひなた先輩が好きなんは謙也さんやって、何回も言うとるのに、せやのに。

「…奪って、しまいそうやん」

聞こえない程度に呟いてしもた俺の言葉にひなた先輩は気付いたのか気付かないのか、腕の力を強めた。

俺の事好きとちゃうのに、勘違いさせるような事せんといてや。

そんな言葉を飲み込むと俺はひなた先輩を強くきつく抱きしめた。



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