制服の乱れもない、髪型もバッチリ。 愛しのあの人へ会うのだから少しでも可愛くいたいというえるのささやかな女心。いつもの学校も毎日新鮮に感じて、キラキラと輝いて見える。
「おはようございまーす!」
パタパタと廊下を駆けていく中、お目当てのあの人が居るであろう屋上庭園へと向かう。案の定、彼の姿を見つけて鼓動が速まる。ピタっと立ち止ると、胸元に手をやり、何度か深呼吸をして、ゆっくり歩き出す。
「こ、こんにちはー!」
「ん? ああ、えるか。こんにちは、相変わらず元気そうだ」
穏やかな笑みを浮かべながらこちらに顔を向けた幸村に、えるはそれだけで幸せで心が満たされていくのを感じた。このまま時が止まってしまえばいいのとすら思うほどに。
「鈴木。まさかまた走っていたのではないだろうな」
「まっさかー。そんなことするわけないじゃないですか〜」
二人きりにしてくれよと思いながらも笑顔を返す。幸村の傍には常に誰かが居て、真田が居ることが多い。二人きりなど数える程度しかないだろう。
「真田、用件はさっきので終わりかな」
「む、いや、まだ……」
「さっきので終わりかな?」
にこっと口元に笑みを浮かべる幸村の目は一切笑っていなかった。真田はなんと言おうか迷っているようにも見える。そして、ちらっとえるの方を見たかと思えば真田は小さく溜め息を吐いた。
「真田先輩、溜め息つくと幸せ逃げるんですよー」
「お前が来る度に逃げている」
「うわ、ひっどー」
そう言いながらも笑っているのは冗談だとわかっているからだったが、幸村の表情は先程から一切変わっていない。心なしかあたりが寒くなった気もする。
「真田」
「う、うむ。また放課後のミーティングの時にでも話すとしよう。手間を取らせた」
「いや、かまわないよ。それじゃ、またあとで」
バイバイと手を振る幸村に、真田は軽く手を上げるとその場からそそくさと立ち去った。
「さて、と。える、悪いね。何か用だったんだろ?」
えるに向き直った幸村は先程とは一変して柔和な笑みを浮かべていた。
「へ!? いや、特に用はなかったんですけど」
会いたかったから来ましたー。なんて口が裂けても言えないが、幸村はクスッと笑いえるに一歩近づく。
「じゃ、俺に会いに来たのかな?」
「え? えええ!? あ、えっと、そ、それはですね……!」
戸惑うえるに幸村はクスクスと笑う。
「冗談だよ、コロコロ表情が変わってえるは本当に面白いよね」
「あ、は、はは……、お褒めのお言葉ありがとうございます」
「そんな君だから好きなんだけどね」
さらっと言われた台詞にえるはその場に固まってしまう。今、彼はなんと言ったのだろうか、聞き間違いでなけてばとんでもない爆弾発言だったはずだとえるの頭はショート寸前だ。 そんな絶賛混乱中で目を丸くさせて口をぽかんと開けているえるを見て、幸村はにっこりと笑みを浮かべていた。
「あ、あの、幸村先輩、い、今なんて……」
「あれ、聞いてなかった? 残念だったね。同じことは言わないよ」
「えー……」
残念そうな声をあげるえるに、幸村はもう一歩踏み込んで近付くと、えるの制服のタイに触れた。えるはそれに動揺して緊張から石のように固まってしまっていた。
「ああ、ごめん。タイが曲がっていたから」
「え! あ、す、すみません!」
「ううん、いいんだ。口実だったかもしれないし、ね?」
口実? どういうことだろうと目をぱちくりさせているえるに対し、幸村は変わらず楽しそうな笑みを浮かべるだけである。
「フフ、理由はまたいつか教えてあげる。さ、もうすぐ昼休みが終わってしまうから行こうか」
「? はい!」
すぐに理由を教えてはくれないが、それでも彼は約束を違えたりはしない。いつか、その日が早く来ればいいのに。そんなことを思ったある日の昼下がり。
2013-09-26 作:りん
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