橙の香りと(ロゼ)


当初、私はこの場所に一氏ユウジ先輩を見にきていた。
私以上に彼の事を知るのは彼自身か、テニス部に所属する人達か、彼の家族ぐらいだろう。私自身、こんなに溺愛したのは初めてで、周りからは良くも悪くも、色々言われたりした。
それは、私は付け回す行為をしたり、犯罪じみた事を繰り返していたからだ。
私のこの日々は一番の幸せと化していた。例えば、朝のおはようから、眠るまでのおやすみまでまで。私の日々は色を変えつつ飽きは来なかった。

「なぁ、ここで何してるん?」

私は何度もこの中途半端な廊下に一人で立って、毎日ここで彼の登下校を見ていた。 悪い事をしてるつもりはなかった。だから、今背中を叩かれて振り向いた先にテニス部部長の白石蔵ノ介が立っていたとしてもあまり驚かず見た。

「どうしました?」

私はあまりにも冷静な声で白石に向けて声を放つ。

「いつもここにおるやろ?気になってん」
「…話さなくてもいいですよね」

そっと突き放すように言っても、何故諦めてくれそうにない。部長だからとか、三年生だからとかは関係ない、私の目当てであり、学校へ来る唯一の目的を逃してしまったら、何のために今日もこうして重い体を動かしたのかわからない。

「せや、名前と学年は?」
「越野。一年」

すると、人当たりの良さそうな笑みを見せて、私に明日も来ると告げられる。
こちらとしてみてはあまり会いたくないのだが、仕方のないことだと思った。


****


白石と始めて出会ってからもうしばらく経つ。
私はいつも通り同じ時間この廊下に立ち、ある人の登校様子をみようとしていた。
白石には私の目的をや目当てやら全て話し、また私も彼から情報をもらう。例えば告白されていただとか、金色小春と喧嘩したとか、私の揺らぎはしない好感度が大暴落しかねない事をばかりだったが、それでも有難い情報だった。

「…あ、おはようさん」

そう私を見て言ったのは意中の相手ではなく白石だ。
これは偶然なのかもしれないが、隣には一氏ユウジも居る。私の心臓は今にも飛び出そうで、ゆっくり呼吸をしていると近づいて来る足音がした。

「どないした?…あ、こちら一年の越野さん、仲良うしたって」
「ほう、一氏ユウジや。よろしゅう」

初めて会話したのはこの一言だ。
どれだけの礼を言っても言い切れない。

「よ、…よろしくお願いします!!」

固まった緊張の言葉と顔の火照りと止まらない手汗で足が震えた。
白石は見たこともないような顔で笑って、しゃあないわ…と呆れた言葉が飛び出した。




その後、私と一氏ユウジはまだ会話を交わしていないが、白石からメールで送られてくる情報内容は変わった。クラス内での事、テニス部での事、そういった彼の色々な一面を教えてくれるようなった。
一学年上の先輩のこひなたに色々な話を聞く。この人に彼の事を聞いても見てないの一言で片付く上に、何かあれば真っ先にメールがくる。私が聞いたのは知っている限りの白石蔵ノ介の近状だ。こひなたはそういう情報に詳しい友人に聞いてみる、とだけ言われて部屋で着信をひたすらにまっていた。

暫く、ぼうっとしていると、突然マナーモードにしていた携帯が震え、すっと画面をスライドさせると今日一日待ったこひなたからだ。しかし、内容は期待のできないものだ。

『白石さんの事だけれど、いつもと変わらないって』

私はやはりそうなのかな、と思いながら心に引っかかる部分を思い浮かべる。
それさえ、今では勘違いだったと言われたのなら、そうか、と頷けた。




夕暮れの中、今日は一人ではなく二人で下校する。
いつも通り、部活帰りの彼を見ていたら白石蔵ノ介が帰ろう、と言った。
私は一人よりいいかな、と二つ返事でこうして隣に歩いている。白石の情報などわたしは全く知らないものだから、果たして私と家が近いのか遠いのかさえわからない。
ああ、そういえば私はこの人のことを何も知らない。名前と学年と部活。そのくらいのデータしかないのだ。

「あの」

すると、私は自分の中で白石蔵ノ介という人物が一番引っ掛かる部分理由を出した。

「ユウジ先輩の情報内容が変わりましたね」

と、さりげないつもりで言ってみる。白石は真っ直ぐ前を見たまま何も話そうとしない。
もうすぐで私の家に着くなという所で白石は私の名前を呼ぶ。何だ、と思い白石を見ると酷く清々しい顔で私に笑う。

「お幸せにな」



****


私は成人して、今も白石との交友関係は続いている。
まだ若かった私は白石の気持ちまで汲み取ることができなかったな、と思う時がある。
しかし、白石と出会って居なかったらこうして一氏の隣に立つ事は出来なかったなぁ、と考えると白石の存在は大きいものだった。
これからあと何回繰り返せばいいのかわからないが、私達の些細な喧嘩も嬉しいものだと思う。
ただこれからもこうして居られていたら、と心から思うのだ。







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