「初めて見たときから俺の世界は君だけ」(りん/大人版)



 式も挙げ正式に夫婦となった滝とロゼ。
 広すぎず、かといって手狭でもない。あと一人くらい増えても問題はないであろう一戸建ての家。そこが滝夫婦の住まう場所だった。
 庭付きの日当たりがいい場所、そこで最初の一年は二人きりで過ごしたいというロゼの願いを叶えるように滝が用意した場所だった。

「萩さん、今日の晩御飯は何がいい?」

 キッチンから顔を出せば、ソファーでくつろいで本を読んでいる滝が顔を上げた。

「んー……ロゼの好きなもので」

「えー、それだと困るから聞いてるのに」

「メルルーサのフライ?」

「それ、もう飽きた……」

 学生時代からルイスにお弁当のおかずとして入れられてきたメルルーサのフライ。好物だが、毎日入れられては飽きるのも無理はない。しかし、好意で入れてくれているので無下には出来ず、高校卒業までずっとこの状態が続いていた。

「冗談だよ」

 クスっと笑いながら滝は立ち上がるとキッチンに居るロゼの方へ歩み寄る。そして後ろからお腹に腕を回すように滝に抱きしめられた。

「萩さん……?」

「なんだか幸せだなと思って」

 穏やかに笑う声が耳元をくすぐる。抱きしめられている体温が心地良く、ロゼは背中を彼に預けるようにもたれかかった。

「色々あったけど、こうしてロゼと結婚できて、毎日帰ったら可愛いお嫁さんが美味しいごはんを作ってくれる。それってすごく幸せなことだなあって実感してたんだ」

 ぎゅっと抱きしめる腕に力を込められ、首筋に顔を埋められる。かかる息のくすぐったさに身を捩ろうとするが、抱きしめられる力の強さに離れることはできない。
 本当に色々あったと、彼の言葉を聞いて学生時代を思い出す。
 いろんな女子から告白される滝を影から見て、何度胸を痛めただろうか。何度苦しんだだろうか。いつか離れなければいけないかもしれない、そんな不安を抱えながら友人たちに支えられ、滝の愛を信じ、そして今の生活がある。

「愛しい俺のロゼ、これからもずっと傍に居てね」

「うん、ずっと萩さんの傍に居るよ。萩さんが私を必要としてくれる限り」

 彼を信じてよかったと、今ならハッキリと断言できる。心から幸せだとロゼは思えていた。

「じゃあ、死ぬまで傍に……いや、死んでも傍に居てくれないと。俺、お前なしじゃいられない。ロゼがいない世界なんて考えられない」

 切なげに紡がれた言葉に「大丈夫」と答えることはできなかった。顔を覗き込まれ頬に手を添えられる。そしてそのまま唇を奪われ、声を発することすらかなわない。
 重なった唇から彼の甘い毒にも似た愛が流し込まれて身体中に回っていく。手の先から足のつま先まで痺れていくような感覚に全身を支配される。

「ん、ふ、ぁ……」

 深い口づけのせいで脳に酸素が回らない。溺れそうになるような錯覚に恐怖にも似た感覚に襲われる。

「は、あ……っ」

 ようやく唇が離された時には息も絶え絶えになり、ふらつきそうになるロゼを滝が支えた。

「大丈夫?」

「ん、へい、き……」

「ごめんね、ロゼが可愛いからつい」

 申し訳なさそうに眉を下げる滝に、ロゼは力なく微笑む。

「萩さん……」

「ん?」

「愛してます、ずっと」

 そう言えば、滝も穏やかな笑みを浮かべる。

「ああ、俺も愛してるよロゼ」

 これからも二人でずっと一緒に。




2013/10/05



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