少しでも傍に居させて(りん)



 幼い頃に結婚相手が決まることなど上流社会に生きていれば日常茶飯事である。そして、その相手がコロコロ変わることも。だが、ロゼは恵まれていた。中学三年になった今もまだ、許嫁は当初決まった相手のままなのだから。

「おはよう、ロゼ」

「おはよう、萩さん」

 この美しい青年こそロゼの幼馴染であり、婚約者である滝萩之介だ。二人が揃うと辺りは花でも咲いたかのように、華やかで見ているものをうっとりさせてしまうほどの気品が漂っている。
 氷帝学園一のカップルと噂される程だ。

「来なくても迎えに行ったのに」

「少しでも早く会いたくて」

 部活が休みだと事前に聞いていたロゼは少しでも早く会いたいと気持ちが先走り、滝の家へと車を出してもらったのだ。

「可愛いことを言ってくれるなあ」

「本心だから」

 そう言って微笑めば、滝もつられて笑みを浮かべる。彼に案内されてロゼは庭に向かう。季節の花々が咲き乱れた見事な庭園の真ん中には真っ白なテーブルとイスがあり、菓子と可愛らしいカップ、そして紅茶が入っていると思われるティーポットがテーブルに置かれていた。

「ロゼが来るって聞いたからね。急いで用意したんだ」

「そんな、気を遣わなくてもよかったのに」

「そういうわけにはいかないよ。愛する許嫁が来るんだから」

 愛する許嫁。その響きに心拍数が上がり、頬が赤く染まる。思わず言葉に詰まって俯いてしまったロゼに、滝はクスッと小さく笑う。

「相変わらずロゼは恥ずかしがりさんだね。もう婚約して随分経つのに」

「だ、だって……!」

 いくら親同士が決めた婚約とはいえ、幼少の頃から想いを寄せていた相手だ。そして中学三年生という年頃の男女なのだから意識して当然だろう。だが、滝の方はそうでもないのか、平然としている。

「今日はアップルティーにしてみたんだ。あと、パウンドケーキ」

「わ、楽しみ……!」

「甘いもの好きだね?」

「甘いものもだけど、萩さんと一緒に居られる時間が何より嬉しいから」

 そう言えば滝は目を大きく見開いて、そしてふいっと顔を逸らした。口元を片手で覆い隠し、心なしか歩くスピードが上がっている。ロゼは慌てて小走りでついて行くと、空いている滝の腕を掴んだ。

「萩さん待って」

 声を掛けて腕を軽く引っ張れば、ぴたっと歩みが止まる。顔を覗き込めば、僅かに指の隙間から見える頬の一部分が赤く染まっていることが確認できた。

「萩さん?」

「あー……もう」

「え、あの!?」

 突然抱き締められ、ロゼは戸惑いながらもぎこちなく背中に腕を回した。

「なんでそういう可愛いこと言うかなー」

 ますます惚れこんじゃうんだけど、そう呟かれた声はしっかりとロゼの耳に届いていた。
 風に乗ってくる甘い香りと彼の匂いに眩暈がしそうになる、そんな昼前の出来事。





2013/09/27   作:りん



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