断じて行えば鬼神も之を避く | ナノ
04羅刹と変若水と


年の瀬の雪が降る静かな夜だった。局中法度に背いた隊士の粛清をするとのことで、左之さんと2人、呼び出された。前に立つのは土方さんだ。

「切腹するか、この薬を飲むか、選べ」

土方さんに選択肢を与えられ、局中法度に背いた隊士が薬を飲むことを選ぶ。
薬とはもちろん変若水のことで、ここに至るまでにしっかりと変若水について説明がされている。人体が強くなることは確かだが、それ以上に副作用で血に狂う可能性も伝えているはずなのに、ほとんどに隊士が薬を飲むことを選ぶ。
そして今目の前に対峙する隊士もまた、薬を飲むことを選んだ。

今度はどれくらいで正気を失くすのだろうか。

目の前で起きていることなのに、どこか他人事のような感じで見ていた。
それがいけなかったのだと思う。
「なつめっ」と呼ばれたときには、赤い目をした羅刹化した隊士がすぐ目の前に迫っていた。

『っ!』

慌てて刀を抜き、迫りくる羅刹との間に構える。突進してきた勢いをなんとか殺したが、予想以上に勢いが強く、反動で後ろに飛ばされる。

ガンッ―――

受け身は取れたが、壁に全身を打ち付ける。

「大丈夫かっ」

左之さんが羅刹と私の間に入りつつ、声をかけてくれる。その反対側で土方さんが刀を持って対峙していた。
大丈夫、と立ち上がると、土方さんが羅刹と刀を交える瞬間だった。
普段の隊士であれば、土方さんが押し負けることなどないが、なにせ変若水で肉体強化された羅刹が相手だ。力は拮抗しているようだ。

左之さんが後ろから心臓を狙うが、羅刹の動きが激しくなかなか当たらない。私も先ほど構えた刀を再び構える。

下手に手を出すと、乱れて羅刹を取り逃がしかねない。屯所の外にだけは出したくない。
二人の太刀筋に呼吸を合わせる。

そして―――ズ、と音がした。いや、私が音を立てたのだ。

羅刹の心臓に私の刀が刺さっている。しかしなおも動く羅刹に、すかさず左之さんが刀で首をはねた。
そこまでしてようやく動かなくなった羅刹。しかし、刺した刀をつたって、その人の血が伝ってきた。すぐにむわっと血の匂いも追ってくる。
今となっては、この匂いににも慣れてしまってもう何も感じない。

つい先ほどまで人として一緒に過ごしていたのに。今目の前には羅刹の姿をした死体だ。

「なつめ、お前は部屋に戻れ」

左之さんに声をかけられるまで、茫然と立っていたままだったようだ。彼を見上げると、心配そうな顔でこちらを見ていた。

「ああ。あとは片付けるだけだ。……血を流してから帰れよ」

自室には千鶴ちゃんがいる。彼女を羅刹のことに巻き込まないようにしており、巡察でもない私が返り血だらけで帰ったらいろいろと感づかせてしまう。
もちろん、羅刹絡みでなくとも、返り血を浴びたらすぐに落としたい。

『でも片付けなら手が多い方が―――』
「そんな様子じゃ、手にもならねーだろうが」

土方さんからぴしゃりといさめられる。

「今日は様子が変だ。疲れてんのかもしれねーし、今日のところは部屋でおとなしくしてろよ」

土方さんも左之さんも同じことを言っているのだろうが、性格が出るなあと。
そんなことしか考えられていないから、やはり今日は頭が回っていないのだろう。お言葉に甘えて、自室へと変えることにした。

血を流してから、と思ったが、服を取りに結局自室へ戻らなければならない。それでは千鶴ちゃんが怖がってしまうなあ、というところまでは思い至ったのだが、どうしたものか、と暗がりの庭でまた茫然と立つ。

なぜみんな、変若水を飲むのだろうか。
どうせ死ぬなら、そういった気持ちなのかな。それとも、本当に力が手に入ると思っているのだろうか。

先ほど心臓を一突きにした感覚は、まだ鮮明に覚えている。
なぜ私は、仲間を殺しているのだろうか。わざわざ仲間を殺すために京に来たのだろうか。
わからない。私は何のために京に来たのか。

ただ、近藤さんたち試衛館の人たちについてきただけだ。
だから、先日の千鶴ちゃんの問いにも答えられなかった。自分が何をやりたいのか、自分でもわかっていない。

「お前、まだここにいたのか」

どれくらいそこにいたかはわからないが、ため息交じりに現れた左之さんが、あきれた様子で近づいてきた。

『左之さん、片付け終わったの?』
「んなの、とっくの前に終わってるよ。……千鶴が、お前が帰ってこないって心配してたぞ」
『あれ、そんなに私ここにいたの?』

そこでようやく、いろんな感覚が戻ってきた。冬の夜に外でずっと考え事をしていたので、体が芯まで冷えている。寒い。

「ほら、」

左之さんは来ていた羽織を私の肩にかけた。

『ありがとう、左之さん』
「そんなに冷えるまで、一体何を考えてたんだ」

昔から左之さんにはこうして悟られる。なんでも気づかれてしまうし、何でも話してしまう。これが男でも女でも誰にでもそうさせてしまうのだから、恐ろしい人だと思う。

『……何のために京に来たのかな〜って。私』

千鶴ちゃんの質問に答えられなかったこと。羅刹や変若水のことをよく思っていないこと。仲間だった隊士が、切腹もできず、羅刹と化して、私に斬られてこと切れること。
左之さんは全部口を挟まずに聞いてくれて、そして大きな手で、頭を優しく撫でてくれた。

「そんなに悩んでちゃ、今日みたいになるのもしょうがねーよな」

そうだなあ、と左之さんは優しく話し始める。

「俺だって、羅刹のことも変若水のことも、妙案だとは思ってねーよ。なつめの感じていることも、痛いほどよくわかる。屯所で何度も顔を合わせて、死線を潜り抜けてきた隊士を殺さないといけないのは、辛いよな」

言いながら、左之さんも悩んでいるようだった。私も左之さんもそしてほかの隊士たちも、環境は一緒なのだと思った。

「正直俺も、近藤さんたちについてきたって言い方の方があってるんだよな〜。別に、侍になりたかったわけでもないし、徳川に仕えたかったわけでもない。ただ。近藤さんを武士にしようって気持ちに感化されて京に来たようなもんだ」

だから、何をやりたいのかなんて、これから見つければいいんだよ。一緒に。

続いた言葉に、思わず顔を見上げた。
『そっか……今やりたいことがなくてもいいのか、』
「いいんじゃねーか。近藤さんを侍にするって意気込みも、かなった後のことは考えちゃいねーしな」

それから、と左之さんは続ける。

これは俺の考え方だが。羅刹については、やるせない気持ちもある。でも、あいつらは、自分で局中法度を破り、切腹ではなく薬を飲む道を選んだ。だったら俺たちは、そいつが他に罪を犯さないように、最後のけじめをつけてやらないといけないだろ。

左之さんらしい考え方だなって思った。隊士たちの為に、心臓を貫く。
やっぱり左之さんは優しい。

「っと、そろそろ中に入らねーと、本当に風邪ひくぞ」
『うん、寒い』
「ったく、さっさと湯につかって温まってこい」

はーいと返事をして、その場を後にする。
ちらちら降っていた雪は、いつの間にか止んでいた。






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