断じて行えば鬼神も之を避く | ナノ
03ある日の新選組
「気を付けて行ってきてくださいね」

部屋を出るときに千鶴ちゃんに見送られる。千鶴ちゃんが屯所に来てからしばらくは、バタバタしたが、最近は生活リズムも互いにわかってきて、私が巡察や任務の時はこうして送り出してくれるようになった。

『はーい。千鶴ちゃんのご飯楽しみにしてるね』

そう言い残して部屋を出る。
今日は千鶴ちゃんが炊事当番の日だ。新選組の隊士が作るガサツな料理よりも彼女が作るご飯の方が何倍もおいしい。おそらくみんながそう思っているに違いない。

そんな考え事をしているうちに、屯所の入口に到着する。今日は巡察の当番である。1番組と10番組が当番だから、総司も一緒だ。

「遅いよ。置いていこうかと思っちゃったじゃない」
『別に、おいていってくれても良かったけど?』
「あれ? 局中法度を忘れたの? 背いたら切腹だよ?」
『どこの局中法度にさぼりが切腹って書いてあるのよ』

言い返せば、けらけらと笑うその人。昔から飄々とした人物だった。

「書いてあるじゃない、“士道に背き間敷事”ってさ」

士道に背き間敷事(まじきこと)―――武士道に背くような行為をしてはいけない。そう局中法度に定められているのだが、これは新選組の中でも物議を醸している。いかようにもとらえられる、曖昧な内容だからだ。

『それは、どうにでも解釈できるじゃない』

総司は、隊務なのにさぼることは、士道に背く行為だと言っているらしい。もちろん冗談だけど。そもそもさぼろうとしていること自体は悪いことなのだけど。

「また言い合いしてんのか?」

収集のつかなくなったところへ、ようやく左之さんの登場である。
ちなみに左之さんは、切腹をして生き残った珍しい人物だ。初めて聞いた時は総司と一緒に腹を抱えて笑ったのを覚えている。

「別に〜。じゃそろそろ行こうよ」

こうして幕をあけた巡察だったが、巡察中は何事もなく、京の町を歩くだけで終わった。





夜ご飯を食べていたところ、源さん―――6番組組長の井上源三郎―――が慌てた様子で広間へ入ってきた。

「大変だ、山南さんが大坂で怪我を負ったらしい」

騒がしかった広間が、一瞬にして沈黙に変わる。

「怪我の具合は?」
「命に別状はないみたいだ。でも、左腕に受けた傷が深いようだね」

千鶴ちゃんが、よかった、とほっとしているのが隣でわかった。でも、あまり良い状況とは言えないかもしれない。もちろん、命があることは良かったのだけど。

「左腕のケガの具合によっちゃ、刀を握られないかもしれないな」

誰かがつぶやく。その言葉にはっとしたように千鶴ちゃんが口元を抑えた。

『いつ頃帰ってこれそうなの?』
「帰路にはついているようだから、そんなにはかからないんじゃないかな」

それ以上は山南さんのケガの容態がわからないとどう論することもできない。源さんがまたどこかへ出ていき、残された私たちはまた夜ご飯に手をつける。
先ほどまでおいしかったご飯が、あまり味のしないような気がした。





「なつめさん、開けますね」

控えめな声がして、千鶴ちゃんが部屋に戻ってきた。
先ほどまで庭の掃き掃除をしてくれていたはずだが。
見ると、なんだかさえない顔をしている。

『どうかした?』
「それが……」

山南さんから屯所内をうろつかれては困ると釘を刺されたらしい。
山南さんと土方さんが大阪から帰ってきてしばらくたつが、日に日に山南さんが陰気になっている。
左腕の傷は深く、悪い予想があたってしまった。以前のように刀を振るうことができなくなってしまったのだ。それから以前のような優しい山南さんではなく、少しずつ暗くきつい言葉を放つようになっていた。

『せっかく掃除してくれていたのに、ごめんね』

山南さんには昔からとてもお世話になっていて、今のその人がいたたまれない。べつに、刀が振るえなくたって山南さんは山南さんなのに。みんながいかに山南さんを必要としているのか、彼はわかっていない。

「いえ。できることが増えて、勝手に歩き回っていたのも事実ですし、」

悲しそうに笑う千鶴ちゃん。
こういう風に、悲しそうに笑うのが多い子だと思う。わがままは言わないし、できることは何でもやってくれるとてもいい子なのに、どこか控えめだ。
屯所預かり、父親の所在はいまだにつかめないとなれば、悲しいのは当然なのかもしれない。そう思うと、何か喜んでもらえることがしたいと感じるのは、人として当たり前だと思う。人として。

『そういえば千鶴ちゃんは字は読めるんだよね?』
「え、はい」

土方さんが、千鶴ちゃんの荷物から綱道さんからの手紙を見つけている。字が読めなければ、手紙など読めるはずもないが、念のため確認をした。

『掃除もしなくていいみたいだし、本でも読む?』
「本なんてあるんですか?」
『少しだけならあるよ。ちょっと待って、』

ごそごそ荷物をあさり、遊戯本を取り出した。軍記もあるが、千鶴ちゃんは遊戯本の方が興味がありそうと判断したためだ。

少し嬉しそうな千鶴ちゃんの反応に、顔がニヤリとしたのはばれていないだろうか。

『じゃあ、ほかの本も適当に見繕ってくるから』
「見繕う…?」
『こっちの話〜』

ちょっと用事があるから、出てくるね。
そう言い残して部屋を出ると、何の疑いもなく送り出してくれた。





向かった先は鬼の副長こと土方さんの部屋だ。何をするかって?そりゃあ、ねえ。

「こんなところで何を企んでるの」
『ひゃっ』

驚きすぎて変な声が出た。振り向かなくても正体はわかるが、律儀に振り向いて差し上げる。意地悪く気配をけして近づき、真後ろから声をかけてきたのは、もちろん総司だ。

『なんでもいいでしょ。総司こそ何してるのよ』
「君が面白そうなことやるんじゃないかと思って、廊下で見つけて後ろを付けてきた」

気づかないなんてまだまだだね、と嫌味まで付け加えられる。
しかしそこで、前回本を盗んだときに、総司も一緒だったことを思い出す。そう、私は千鶴ちゃんの為、土方さんに部屋へ忍び込もうとしていた。

『違う本が読みたくなって』
「手伝ってほしいの?」
『うん』
「今度炊事当番変わってくれるなら考えてあげてもいいけど?」

炊事当番か。面倒くさいな。
一人で土方さんの部屋へ入る危険を冒すか、面倒くささを取るか。天秤にかけたが、確実に本が手に入るなら、炊事当番くらいやってやろうじゃないか。

『わかった』
「じゃ、適当に理由つけて土方さんを連れだすから、そのすきに好きなの持っていきなよ」

そう言って、何を考えるでもなく堂々と土方さんの部屋へ近づいていく。そのスムーズさに驚きを隠せないが、そういえば総司は息をするように冗談を言う人だったと思い出し、変に納得した。

ちなみに昔から―――試衛館で学んでいる頃から―――私と総司はこうして悪だくみをする際に稀に結託をした。いつもではなく、稀に。

しばらく物陰に隠れていると、作戦通り、土方さんと総司が部屋から出ていく。
そのすきに土方さんの部屋に入り、とりあえず前回くすねた軍記を棚へ返し、千鶴ちゃんの好きそうな本を数冊見繕う。
そして隅に隠すように、何やら怪しい本を見つけた。豊玉発句集と書かれてある。これは土方さんの字だ。土方さんが何やら書いているのは知っていたけど、これか。

しかしそこで、総司や土方さんの足音がしたので、今日のところは見逃してやろう。
いつかまた入り込んだときにじっくり見ることとし、潔くこの日は撤退した。





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