断じて行えば鬼神も之を避く | ナノ
41愛おしい人



苦しかった。
いつまでも痛みが消えず、起きているのか寝ているのか、生きているのか死んでいるのかもわからない。時折誰かの声がして、でもそれが誰の声なのかも判別がつかなくて。

そんな苦痛の中を耐えていると、名前を呼ばれた。
それだけは明確に聞こえた。左之さんに呼ばれている。

『左之、さん、』
力を振り絞って目をあけると、名前を呼んだ人の顔があって、優しく優しく頬に触れられた。

長生きした左之さんの隣で、いろんな左之さんを知りたい。

そう願ったのはいつだったか。
ついさっきのような気もするし、少し前のような気もする。
願いが少しだけ叶って、なんだかとても幸せな気分だった。





屯所に帰ってからというもの、なつめの意識は帰らない。
千鶴が献身的に看病をしてくれているが、状況はあまり好ましくはないのだろう。

連れ帰ってすぐに、松本先生が駆けつけてくれたが、驚いた顔と厳しい顔をした。
人間の体だったならまず生きていないだろう、と。
鬼の治癒能力を発揮するにも、やはり血が足りないのではないか、と。

そこでまた、「あの状態じゃ殺してあげた方が楽だと思うけどね」という南雲の言葉を思い出していた。
このまま治療を続けるのは、なつめにとって辛いことなのだろうか。

何度となく自問を繰り返し、そのたびに、最後に名前を呼ばれたときのことを思い返す。
左之さん、と呼んだなつめの瞳には、死にたいと言う感情はなかった。

その主観的な事実だけを免罪符に、なつめへの罪悪感をやり過ごしている。

「原田さん、なつめさんのことお願いできますか?」

不意に声がした。
千鶴が、なつめの看病をひと段落つけたらしい。声をかけられた。
土方さんの所へ向かうという。名目上は土方さんの小姓だからな、と今さらながらの設定を思い出した。

「ああ。たまにはお前もゆっくり休め。こいつのことは俺が見ておくからよ」

そう伝えると、にこりと笑って部屋を出ていく。
もしかすると、気を遣わせたのかもしれないな、となつめの顔を見つめた。

「なつめ。……目を覚ませよ」

投げかけた言葉に、返事はなくて。
苦しそうに顔をゆがめて、弱々しく息をする音だけが聞こえている。

今までにも、危ない場面は何度もあったし、新選組にいる以上毎日が命懸けだ。
しかし、なつめがこんな状態になるとは思ってもみなかった。
危険は承知していたが、心のどこかで、”なつめは強い、なつめなら大丈夫”と感じていたのかもしれない。

今になってはじめて―――なつめがこんな状態になってはじめて―――なつめが死んでしまったときのことを考えていた。
そしてそれは、俺にとっては耐え難いことなのだと悟る。

「死ぬな、なつめ」





目を開けると、今度は見知った天井だ。屯所のどこかの部屋だろう。
しかし眩しさですぐに目を伏せる。
しばし開けたり閉じたりを繰り返し、ようやく明るさになれた頃に、体を起こすべく力を入れたのだが。

『っ、』

途端に激痛が走り、声にならない悲鳴をあげる。
咄嗟に腹部を抑えた両腕にも違和感があり、曲げようとした足にもそれがあった。
満身創痍とはこういうことだな、と布団の中で身をよじっていると、力強い腕で上半身を抱え上げられた。

「なつめ?」

左之さんの声だ。
先ほど慣らした目を開けると、その人の顔があった。

『左之さん』
だいぶ床に臥せっていたらしい、声がかすれてしまう。

しかしそれを気にした風もなく、次の瞬間には左之さんの腕の中に納まっていた。
ぎゅっと抱きしめられている割には、そこまで苦しくはなくて、大事に扱われていることが嫌でもわかった。

『助けてくれて、ありがと』

左之さんの耳元で告げると、少しだけ腕に籠められた力が強くなる。
私がここにいることを確かめているかのように、頭にあった手は、首、背中、腕へと動いていく。でもそれが、なんだか心地よい。

「生きてる、な」

どうやら生存確認が終わったらしい。
左之さんの腕の中から解放され、割れ物にでも触れるかのようにそっと布団に戻された。
その一連の動作が、面白おかしくて、クツクツと笑いがこぼれた。

「なんだ、おかしなところがあったか?」
『だって、触んなくても私が生きてることくらい、わかるでしょ』
「しょうがねーだろ、何日目を覚まさなかったと思ってるんだ」

左之さんにしては珍しく、少し拗ねたような言い分に、また笑いが漏れる。
そんな左之さんを見ていたら、『良かった』と本音が自然とこぼれていた。

「何がだ?」

左之さんの指が、私の顔にかかった髪に優しく触れる。
問いには考えることなく答えられた。

『左之さんと、もっと一緒にいたかったなって、思ってたから』

南雲にとらえられていた時、不知火に殺してくれと頼んだ。
あの時銃口を向けられたはずだったけど、なぜ自分は生きているのか。
そもそも不知火があの場にいたこと自体が幻だったのではないか。
もしかすると、今この時が幻なのかもしれない。

『左之さん、これ、夢なのかな、』

すぐには返事がなかったから、どうしたのかと左之さんへ視線を投げる途中で。
視界が遮られて、唇も遮られた。

むさぼるような、強引な口づけだった。
『ん、』
漏れた声に満足したのか、ゆっくりと左之さんが離れていく。

「夢なわけがあるかよ」

強引な口付けとは裏腹に、優しい顔がまだ近くにあって。
もっと触れていたくて、違和感のある右腕をゆっくりと掲げ、左之さんの顔に触れた。

『良かった』

この穏やかな時間が嘘ではないとわかったせいか、急にたくさん話したせいか、瞼が重たい。
左之さんの頬に触れていた右手を、左之さんがゆっくりと元の位置に戻してくれて、逆に左之さんの大きな手が、私の頭に触れた。
温い体温のせいか、眠気が一気に増す。

『左之さん、』
「ん?」
『左之さん』
「どうした?」

この気持ちがどういうものなのか言い表せなくて、ただただその人の名前を呼んだ。
それに左之さんは付き合ってくれて、私が寝るまで優しく返してくれる。

愛おしい人。

自分の気持ちを言い表せたところで、それを口に出すことはなく眠りに落ちた。






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