40女だからではなく
―――パン
済んだ空気のせいか、一発の銃声がよく響いた。
なんの根拠もなかったが、銃声のなった方になつめがいる。
藁にもすがる思いで、そちらへ駆けた。
京の町を朝も昼も夜も探し回った。しかしいくら探してもなつめはみつからなくて、途方に暮れていた日の夜だ。銃声が聞こえた。
なつめが連れ去られてから、数日が経っている。
生きているのか死んでいるのかさえわらかない状況だったが、銃声が鳴った意味を考えてしまう。
なつめは今まで生きて助けを待っていたのに、銃声が鳴るということは、用が済んで殺されてしまったのではないか。
いくら鬼と言えど、絶命するほどのケガを負わせられればこと切れてしまう。
手に持っていた槍に力が入る。
別行動をとっている新八や斎藤にも銃声は聞こえただろう。
それならば直に追いつくだろう。
だから一刻も早くなつめのもとへ。
建物は静けさに包まれていた。
途中で何体かの羅刹と戦うこととなり、状況はつかめなかったのだが気が狂っているようだったため、申し訳なく切り捨てた。
こんな新選組とは縁もゆかりもない場所で、なぜ羅刹を見るはめになるのか。
しかも羅刹の顔は見覚えのないものだった。
これが意味することはつまり―――新選組以外で羅刹の研究をしている場所がある。
「まさか、な」
自分で自分の考えを否定し、さらに奥へと進む。
直感を頼りに進んだ最奥に、一つの部屋があった。
うっすらと灯が揺らいでいる。
極力音を鳴らさずに戸を開けると。
「なつめっ!?」
探していた人物が寝かされていた。体のあちこちに刀が刺さった痛々しい姿で。
おかげで、音もなく戸を開けた行為は無に帰し、動揺を隠せない大きな声が出た。
しかしなつめの返答はない。
ざっと部屋の中を確認したが、敵はいないようだ。
それだけ確認できると、なつめのもとまで駆け寄る。
首元に手を当てると、弱々しく息をしていた。死んでない。
先ほどの銃声はどうやらなつめを撃ったものではなかったらしい。
壁に銃弾が埋まっている。
俺をここへ呼ぶために放ったのだろか。そう考えればなつめではなく壁に打たれたそれにも納得できるが、わざわざそんなことをするヤツがいるとは思えなかった。
安堵のため息をつきつつ、しかし余談ならない様子のなつめをどうしたものかと顔を上げたところで。
「早かったじゃないか」
「お前は……南雲薫か」
入口に男の姿をした南雲が立っていた。
女なのか男なのか、おそらくは後者だろう。今目の前に立つ姿が本来の姿なのだと思う。
「その子は渡さないよ。大事な材料だからね」
なつめの様子が気になるのだが、まだ介抱させてやれないようだ。
持っていた槍を構える。
「お前ら鬼の仲間だろ? なんでなつめをこんな目に合わせるんだ」
問えば、薄ら笑いを浮かべながら南雲が口を開いた。
「変若水を強化するためだよ」
「なんだと?」
「君たちが使っている変若水は、久我一族の血で作られているんだ」
確かに、変若水は赤い色をしているが。
あれが久我一族の、なつめの故郷のやつらの血を使っている?
意表を突かれて何も返せないでいると、面倒くさそうに南雲が続ける。
「羅刹はまだ未完成だけど、その生き残りの血で完成形となるだろう」
「……完成形にして、何をするつもりだ?」
「復讐さ。俺をひどい目に合わせた人間どもに復讐してやるのさ」
させない。
うっすら声が聞こえて、振り返るとなつめがうっすら目を開けている。
『……あんた、たちの、好きなよう、には、させないっ』
弱々しい声とは裏腹に、強い意志が感じ取れる。
「なつめ、喋るな。あとは俺が何とかする」
返事はなかったが、少し呼吸がゆっくりになったから、信頼してくれているのだろう。
「人間が、鬼に勝てるなんて思ってないよね?」
言いながら、南雲の姿が変容する。白髪に金色の瞳、そして2対の角。
以前見た、なつめの姿と同じだった。
刀と槍が交錯する。
何度か力が拮抗するが、南雲が小柄なせいか、力負けをすることはない―――もちろん全力で対峙した際は、の話だ。
「威勢がいいのは口だけか」
後ろになつめがいるせいか、負けてやる気はさらさらない。
おだててみると、癪に障ったのか、南雲が初めて嫌な顔をした。
「……知ってるかい? 変若水は鬼の一族にも効くんだよ」
間合いを取った隙に、南雲が懐から瓶を取り出し、一気に飲み干した。
どこか気味の悪い赤い色をした液体が入っており、おそらくは変若水だ。
「お前、」
「くっ――――」
しばらく苦しんだ後、顔を上げると、先ほどよりも陰気に笑う顔があった。
「これで、出来損ないだなんて言わせない」
独り言のようにブツブツとつぶやき、刀を構えた。
こちらも応戦すべく槍を構える。
ギィン、と音がなり、先ほどよりも幾分強い力が込められている。
一度はどうにかはじき返したが、何度も交えるものではない。やられる。
別に死ぬことを恐れているわけではない。
むしろなつめを守って死ねるのなら本望だ。
だが、俺が死ねば、なつめは助けられない。
このまま南雲に利用されて命を終えるだけとなってしまう。
なつめに、そんな人生を辿ってほしくはない。
態勢を深くして槍を構えたところ、逆に南雲が構えを解いた。
解せない行為に顔をしかめると、「左之」と後ろから声がした。
新八とそれに斎藤が駆けつけたようだ。
「変若水はできあがったし、その子は返してあげるよ。まあ、あの状態じゃ殺してあげた方が楽だと思うけどね。せっかくなら、君が殺してあげたら」
分が悪いと察したのか、そう言い残して闇夜にまぎれて行った。
残像に向かって槍を切りつけたが、その姿を捉えることはできなかった。
「って、なつめちゃん!? 大丈夫か?」
「……息はしている」
後ろで斎藤と新八が騒いでいる。
南雲の言い分も気になったが、今はなつめの方が優先だ。本当に死んでしまう。
駆け寄って改めて見ると、南雲の言う「殺した方が楽」という言葉にもうなずけた。
運び出すために四肢に刺さっている刀を抜いたのだが、鬼の血を引くと言う割いは治りが遅い。
「血を流しすぎたのかもしれないな」
「……そうだな、止血してから運ぶぞ」
それぞれの傷口を、適当に切った裾布できつく縛り止血をする。
腕から伸びていた管のようなものと針も引き抜く。
しかし腹部の傷はひどいありさまで、天満屋で斬られた傷がまだ癒えていないようだった。膿んでいないのが奇跡に感じる。
『っ、』
腹の傷を縛っていると、さすがに痛んだのか、なつめが小さくうめき声をあげる。
「なつめ、わかるか、なつめ!」
少し、声が聞きたい。
生きているのだという確証が欲しい。
なつめは生きたいのだという意志が欲しい。
『左之、さん、』
かすかに、だが判別はできた。何度も呼ばれた名前だ。
うっすらと開いた瞳は、少し潤んでいるが、死に急ぐような目ではなかった。
ああ良かった。なつめは生きている。
「もう大丈夫だ、屯所に帰ろう。よく頑張った」
頭をなでる代わりに、青白い顔に右手を添えると、なつめが嬉しそうに笑った。
その顔がどうしようもなく愛おしくて、今まで感情を抑えていた自分が馬鹿らしく思えた。
なつめを守りたい。
なつめが女だからではなく、失いたくないから。
そんな使命感を胸に秘め、衰弱しきったなつめを背負って屯所へと急いだ。
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