断じて行えば鬼神も之を避く | ナノ
39鬼の気まぐれ



試衛館にいる頃は、何度も何度も自分を責めた。

鬼の一族といっても、戦に強い者、強くない者、いろんな鬼がいた。
久我一族の中でも、戦の才に恵まれた私は、里を守っていく里長候補として訓練されていた。里が何者かに攻め込まれた際、誰かが他里の鬼に利用されそうになった際、里を守るための訓練だ。
他里に嫁いだ久我一族の鬼が、何か負の計画に利用されそうな時のため、久我の血を引く鬼を斬ることさえ訓練されていた。

戦うことに時間をかけられて育てられた私は、里が滅ぼされる一大事の時に里を不在としてしまった。
そもそも、人間の里を見たいという私のわがままで、他の人が行くはずだった使いに名乗りをあげて得た「使い」の権利だ。
里を守るはずの私が、自分の欲でその仕事を全うできなかったのだから、自分を責めることは当たり前だった。しかし、いくら自分を責めても、もう挽回することはできない。みんな死んでしまったのだから。

このまま死んだ方がいいのではないか。
ふとそんな考えが浮かぶ。

南雲は私の血を使って、変若水を改良すると言っていた。
腕につながれている管から血が抜き取られているから、これを利用するのだろう。

私が生きている限り、南雲に抜き取られる血は増え続ける。改良される変若水も増え続け、犠牲になる人間も増え続ける。
それなら、早く死んだ方が、犠牲は増えないはずだ。

しかし、どうやって死ぬかが問題だった。
舌を切ったところで、鬼の治癒能力で死ぬには至らない。自刃しようにも四肢は固定されている。

どうしたものか、と頭を悩ませていたところで。
聞き覚えのある声がした。

「お前、死ぬのか?」

どこか面白がっているような、それでいて残念がっているような声色で。
目を開けると、しばらく焦点があわなかったが、次第に近くに立っている男の顔がはっきりとしてくる。不知火だった。

『……死んだ方が、いいのかな、って、思ってる』

思った以上に声を出すことが苦しい。
体は弱り切っているようだった。

「お前がいねーんじゃ、あいつらと戦っても張り合いがねーな」

あいつらというのは、新選組のことだろう。
いつからか、私たちとの戦いを楽しんでいることは感じていた。

『……ころ、して』

自分の力では死ねない。
鬼の治癒能力と四肢を捉えられたこの状態では、死ぬことすらできないのだ。
しかし不知火が目の前にいる今、その願いは一瞬でかなえられる。彼の持つ拳銃を心臓に向けて放ってもらえばいいのだから。

返事はなかったが、感情のない顔で、銃口が向けられる。
ああよかった。これでこれ以上の犠牲はなくなるだろう。

『ありがと、』

ゆっくり目を閉じ、息を吸う。
これから死ぬのだと思うと、左之さんの顔が浮かんだ。

左之さんとの約束、破ることになるな、とか。
今の世情を考えると左之さんの背中を守れないのは心配だな、とか。
左之さんには長生きしてほしいな、とか。

でも何より、左之さんからもっと口説かれてみたかったな、と思っている自分がいた。
長生きした左之さんの隣で、いろんな左之さんを知りたい。
……もっと左之さんといたかったなあ。

不知火が引き金を引く音が聞こえて、そして一発の銃声が響いた。





鬼の一族の再興をするとかで、久我家の生き残りを連れ去ってきたらしい。

新選組にいる雪村千鶴の兄だという南雲薫が、久我なつめに話している内容を聞いた。
鬼の再興のために久我家を滅ぼすことが、果たして鬼の再興になるのだろうか。
そんな犠牲の上に成り立つ鬼の世など、少なくとも俺は欲しない。
そもそも、変若水を使って人間を鬼にしたところで、鬼の俺たちには遠く及ばないのだ。

これ以上羅刹を増やさせるくらいなら、鬼の血を引く同胞とはいえ、殺してしまった方がいいだろう。
そんな気持ちで久我なつめの前に立った。

四肢は深く刺され、腹部には深い刺し傷がある。
腹の傷はふさがっていない。妖刀で斬ったというのは本当のようだ。
腕からは血が抜かれており、その顔は真っ青だった。

死んだ方が楽だろうな。そもそも助けるつもりはなかったが、殺してやった方がこいつのためになるとも思った。
いくら治癒能力が高いと言っても、その血がなければ能力は著しく下がる。

それならいっそ殺してやろうか。
あいつらに利用される前に。

そんなことを考えていると、見下ろしていた人物がうっすら目を開ける。
焦点があっていないようだったが、しばらくして覚醒したようだ。

「お前、死ぬのか?」

返事がなかったら心臓を一突きにするつもりだったが、弱々しい返事があった。

『……死んだ方が、いいのかな、って、思ってる』

「これ以上羅刹を増やさせるくらいなら、殺してしまった方がいいだろう」と考えたのは、俺だけではないようだった。こいつもまた、羅刹という存在をよく思っていないらしい。
羅刹を生み出している新選組に属しておきながら、変な奴だなと。

「お前がいねーんじゃ、あいつらと戦っても張り合いがねーな」

新選組の奴らと幾度となく刀を交え、いつの間にか顔なじみのようになっていた。
弱い人間を切り殺すのはあまり面白いものではないが、奴らと戦うのは楽しかった。
そしてその新選組の中には、目の前で弱り果てているこいつも含まれていて、特に俺の銃弾を刀で防ぐなど、こいつにしかできない芸当だろう。

『……ころ、して』

ああ、こいつも死ぬんだな。
気に入っているヤツほど先に逝く。
長州で唯一まともに話ができた高杉も、先日死んでしまった。
そういや、高杉の死の後、虫の居所が悪くてこいつらにちょっかいを出したな、と思い出す。あの日はこいつが鬼の姿になり、戦闘を楽しむことができた。

久我なつめを殺すことには何のためらいもないはずなのに、もっとそいつと戦いたいという気持ちが少なからず俺の中にある。
それを認めたくなくて、右手に持っていた拳銃を構えた。
銃口の先は、死ぬに死ねない、弱々しい姿の同胞だ。

『ありがと、』

今まで見たことがない、すがすがしい笑顔でそう告げ、ゆっくりと目を閉じる。
この世に未練など何もないとでも言いたげな顔だ。

そんな顔を見たからだろうか。不意に南雲の話を思い出した。
一族を、人間ではなく鬼に滅ぼされ、いずれ利用する日が来るからと一人生き残され。
一族を滅ぼしたのは人間だと騙されつつも、人間に助けられ人間として生きてきた女。

そして今度は、これ以上利用されないために、自ら死を受け入れるという。

「お前、何が楽しくて生きてきたんだ」

独り言のようにつぶやいたそれは、久我なつめには届かなかったようだ。
ただ一筋の涙が頬を伝う。
女の涙には縁がない。何を憂いているのかはわからなかった。

約束通り、死を待つ同胞に向けた拳銃を持つ手に力を込めた。
次の生では、楽しく生きろよ。
珍しくそんなことを思いながら。

引き金を引いた。





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