断じて行えば鬼神も之を避く | ナノ
38復讐のための大いなる犠牲



目を開けると、知らない天井があった。屯所ではない。
起き上がろうと全身に力を入れたところで、違和感に気づく。両手両足が、動かないように刀で刺され、床と固定されていた。
しかしその四肢の貫かれている傷よりも、腹部の方が痛い。

腹部の痛みで、直前に何があったのかを思い出す。
そういえば、南雲薫に妖刀で刺された。
妖刀は、鬼の治癒能力をもってしても、傷の治りが悪いらしい。

南雲薫がいたということは、ここは土佐藩なのだろうか。

「ようやくお目覚めかい?」
『南雲、』

私を刺して連れ去った張本人が、すぐわきに立った。
相変わらず怪しく笑っている。

『なぜ私を生かして連れてきたの』
「なぜだと思う?」

言いながら、私の足に刺さった短刀を引き抜き、先ほどまで刺さっていたところとは別の箇所へ容赦なく短刀を刺した。

『っ、』

激痛に顔をゆがめると、その反応に満足したようだ。
「話せば長くなるんだけど、まあいいよね」
そう切り出し、自分の生い立ちを話し始めた。

千鶴ちゃんとは双子の兄妹だと言うこと。
人間によって、雪村の一族が滅ぼされたということ。
女鬼ではないから、と不遇な待遇を受けたこと。
雪村家が人間によって滅ぼされなければ、南雲家に行くこともなく、不遇な扱いを受けなかった。人間さえいなければ、と彼の胸中は遺恨の念に駆られていた。

「だから僕は、人間に復讐しようと思っているんだ」
『……それと私が、何の関係があるのよ』

彼が人間に対してどう思おうと勝手だ。だが、それと私が何の関係がるというのか。人間に復讐するために私を連れ去ったところで、何の復讐にもならないだろう。
聞くと、嬉しそうに笑う。その笑みは狂気じみていた。

「ところで、君たちは人間を鬼に作り替えるために、変若水を使っていると思うけど。あれって何でできているか知っている?」

質問の答えはなかったが、それはこの話の内容に続くのだろう。
そして南雲の質問は、ずっと考えないようにしていたものだった。
できればそうではないと思いたかった。でも、今こうして聞かれているということは、私が思い当たるものが、変若水の正体なのだ。

『鬼の血、なんでしょ』
「正解。君は察しがいいんだね。……じゃあ、その鬼の血は、どうやって手に入れたと思う?」
『……』

答えたくはなかった。心当たりがあるからだ。
これまで、見ないように考えないようにしていた。思い出さないようにしていた。心の奥にしまい込んでいた。

「そう。今君たちが使っている変若水はね、久我一族から採血した血なんだ。思い出してごらんよ、君も死体を見たんだろ?」

驚きの気持ちはなかった。

一族が襲われたとき、私は使いで里の外に出ていた。
何日かぶりに里に戻ると、家にも道場にも、どこにも誰の姿がなくて。里の中を探し回ったところ、ひとところに集められた死体を見つけた。
床で無造作に捨て置かれた死体の山と、天井から吊るされたままの死体と。そしてそのすべての死体から、血が抜かれていた。

悲惨という2文字では言い表せない惨状を思い出した。
こみあげてくる吐き気を抑えて、なぜその事実をこの南雲が知っているのか、とその人物を睨んだ。

「そう怖い顔をしないでよ。僕も聞いた話なんだ。……首謀したのは、僕じゃない。綱道さんだよ」
『……綱道さん、が?』

人間の仕業だと思っていた。
人の世の混乱に巻き込まれたのだと。
だが、首謀者は人間ではなく、鬼の血を引く人物で、しかも綱道さんであるという。

私の知る綱道さんは、そうした大それたことをするような人には見えなかった。千鶴ちゃんも慕っていたし、そんな人が、しかも同じ鬼の一族を滅ぼすなんて。

『……なんで、鬼が鬼を滅ぼすの?』
「そりゃあ、人間へ復讐するためだよ」
『人間へ復讐することと、久我一族を滅ぼすことが、―――』

途中で言葉が途切れたのは、今度は先ほどとは違う方の足の短刀を引き抜かれ、そして同じように再度刺されたからだ。ただの短刀だから治りはするが、痛みがないわけではない。

自分が主導権を握ってるのだ、と示したいのだろう。
少しずつ、南雲薫という人物を把握する。

「君たちの一族は、鬼の一族の中でも特殊だったろ?」

久我一族は、古くから女鬼を輩出する一族として知られていた。何の因果か、生まれる鬼はすべて女鬼なのだ。鬼の一族で、女鬼は貴重とされており、久我一族以外では女鬼の生まれる確率は大きく下がる。

だから私たちは小さな頃から戦闘訓練をさせられた。
それは人間に対しての防衛術としての備えでもあったが、女鬼を求めて他里の鬼からの襲撃にも備えるためだ。攫われて、消息不明の鬼も少なくない。

「そんな特殊な久我の血が、変若水にはぴったりだったのさ。久我一族の血で作った変若水があれば、人間を鬼に作り替えて、僕たち鬼の一族を再興することができる。
そして、鬼の数が増えれば、人間を根絶やしにだってできるんだ。
だから、君たちの一族は、鬼の一族再興のための、大いなる犠牲とでも言えるかな」

狂っていると思った。
そんな鬼の世を、誰が喜んで過ごすのだろう。

『それなら、別に久我一族を滅ぼさなくたって、子孫を増やせばよかったじゃない』

人間を根絶やしにするため、鬼の一族を一つ滅ぼしたなど、本末転倒ではないのか。
しかし、南雲はフン、と笑う。

「それじゃあ復讐までに何年もかかってしまうだろ。僕らは、今、復讐をしたいんだよ」

不意に、南雲が、自分の太刀を鞘ごと腰から抜いた。
そして、治りの遅い私の腹の傷めがけて鞘を押し当てる。

『っ、』
「痛い? もっと苦しみなよ。僕はもっともっと苦しんだ。君が一人生き残って楽しく過ごしている間も、僕はずっと苦しんだんだ」

楽しい日はあった。でも。
死んだ一族のことを思うと、人間と関わる自分、人間として生きる自分が情けなく思えて。でも助けてくれたのは鬼ではなく人間で。
心の整理がつかないまま、ただ毎日が過ぎた。「楽しい」毎日ではなかった。
そしてここにきて、久我一族を滅ぼしたのは鬼だという。

南雲が苦しんだのは私のせいではないし、狂わされたのは私の方だ。

憤怒の気持ちはしかし、言葉で表すことも態度で示すこともできない。
代わりに、ギリギリと鞘を傷に押し当てられ、悲鳴ともとれるうめき声が漏れた。
それを楽しむかのように、何度も何度も押し当てられ、ようやく解放されたときには、意識を手放す寸前まで来ていた。

「ああ、そうそう。眠る前に言っておかないと。君がなんで僕たちの復讐に必要なのか、だったよね」

そもそも君は、綱道さんに生かされたにすぎないんだよ。
いずれ薬の改良が必要になるかもしれないから、だれか生き残りは必要だった。
そこで、生きる能力が高そうだった君だけは、殺さないことにしたんだってさ。
君って久我一族の中でも能力が高かったんでしょ?
うらやましいなあ。
案の定、今の変若水は欠陥だらけだからね。
それを克服するのに君の血を使うわけさ。
同じ久我一族の血だから、反発することもないし、良い変若水ができそうだよ。
そうそう、君が新選組として名を連ねていたことは、嬉しい誤算だったってさ。

返事をする余裕がなくて、ただ南雲が何をするのかを見ているしかできなかった。
針のような何かを私の腕にさして、それにつながる管のようなものに、ゆっくりと血が流れて行った。血を取られているのだと理解したところで、南雲がついでのように告げる。

「大丈夫、君はまだ殺しはしないよ。ゆっくりゆっくり血を抜くから、精一杯血を作って長生きしてくれればいいよ。君はただ、眠っているだけでいいんだから。こんな楽な仕事はないだろ?」

おやすみ、と告げられて、しばらくは意識を保っていたが、血が足りなくなったのか、それとも腹の傷の痛みのせいなのか、いつの間にか意識を手放していた。






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