37鬼も退治できる妖刀
四六時中気にしている私とは対照的に、左之さんは平常運転であった。
平常運転というのは、みんなに優しく、私にも優しく。という意味だ。
そんな調子で1日1日と時が過ぎ。
今日は、三浦休太郎の警護任務を担当する。
一君が滞在する形で任務を追っているが、何やら酒宴を開くらしい。
物騒な時に酒宴だなんて、と思いつつも任務だから仕方がないと腹をくくり天満屋へと向かった。
酒宴はつつがなく進み、酒が入ってようやく話が弾んだ頃だろうか。
外が騒がしい。襖を少しだけあけて外の様子をうかがうと、15、6名ほどの武士が集結している。一君に目配せすると、一君も外を確認したようで、しかしそれを意に介した風もなく、宴会中腰から外していた刀を右手に持った。
「三浦ーっ!!」
それとほとんど同時に、けたたましい声がして、次の瞬間には何人もの男が押し寄せてきた。初動で、こちらの隊士の数名が斬られる。
『三浦さん、私の後ろへ』
警護対象へ指示をし、脇差を抜いた。向かってくる男を切り捨てる。
狭い所に大勢の男たちが押し寄せてきてうまく身動きが取れないのだが、どうにか応戦する。その間にも、新選組の隊士がまた一人倒れた。
続いて斬りかかってきた男の斬撃を受け止め、後ろにいる三浦に攻撃が行かないように応戦する。
しかし、後ろから―――後ろには、三浦と壁しかなかったはずだが―――三浦とは違う声がした。
「背中がががら空きだよ?」
声が聞こえたのと、ズ、と音がしたのと、腹部がカッと熱くなったのは同時で、見ると腹に刀が刺さっていた。
先ほどまで対峙してた男の刀も振り下ろされて、右肩に深く入る。
『っ、』
「なつめっ」
異変に気付いた一君がすぐに目の前の男を牽制してくれた。
同時に腹部に刺さった刀も抜かれる。
肩の傷は深いのか、治るまでは少し時間を要しそうだが、表面上は傷がふさがっている。
しかし、腹部の傷はいまだに熱く、ふさがるにはまだ時間がかかりそうだ。いつもなら、表面から治っていくのだけど。
『ありがと、一君』
ひとまずお礼を口にしたが、一君に届いたのか届いていないのか。
次々に斬りかかってくる敵を、かたっぱしから切り捨ててくれている。
時折、心配そうな視線をこちらに向けるのだが、敵の数が多いのとこちらの陣営が最初に何人も斬られたせいで、余裕がなさそうだ。
しかしおかげで私の周りには、先ほど腹を刺した敵しかいない。
大丈夫だよ、と目配せをして、そこでようやく後ろを振り返ると、知った顔があった。
千鶴ちゃんによく似た顔の、南雲薫だ。
『なんで、土佐藩の、』
あなたがここにいるの? そう続けようとしたが、腹部の痛みが治まらず、言葉が詰まる。
その様子が南雲の気をよくさせたらしい。
私の質問には答えず、右手に持っていた刀を誇らしげに掲げて見せた。
「ははは。痛かった? ごめんね。これは、鬼でも直せない傷をつけられる、妖刀だよ」
再びその自慢の刀を向けられたため、今度は刀で受け止める。先ほど肩を斬られた際に脇差は落としてしまったから、太刀での応戦となる。
しかし右肩も完全には治っていなくて、腹部の傷もあり、刀は一撃ではじかれ、後ろに飛ばされてしまった。一向に治らない腹部の傷からして、妖刀というのは本当のようだ。
じりじりと詰め寄ってくる南雲に、再度質問を投げかける。
『あなたが、ここに、何の用、』
不敵な笑みを浮かべ、「用があるのは、君だよ。久我なつめ」と返答があった。
『私は、用はないんだけど、な、』
視界がぐらりと揺れ、立っていられなくなって片膝をつく形となる。
血が流れすぎたようだ。
苦しくて、肩で息をしていると、すぐ目の前に南雲が迫っていた。それにも気がつけないくらいには、いっぱいいっぱいだ。
「しばらく、眠っててもらうよ」
言葉の意味を理解した時には、南雲の刀が再度私を突き刺していた。
殺す気はないのか、心臓は外されている。
さすがに意識が保てない。
朦朧とする意識の中で、遠くから一君がものすごい形相でこちらに向かっている。
一君は間に合ったのか、間に合わなかったのか。
それを見届けるより先に、私の意識が飛んだ。
天満屋でひと騒ぎあったらしい、と告げられ、今日はなつめも行ってるんじゃなかったか、と冷汗が背筋を伝った。
大丈夫だ。斎藤もいるし、なつめも強い。
そう言い聞かせるように広間へ向かうと、返り血だらけの斎藤の姿があった。
良かった、斎藤がいるということはなつめも帰ってきているだろう。
「斎藤、大丈夫か?」
「返り血だ。……すまない、なつめが連れ去られた」
続けられた言葉に、耳を疑う。
「連れ去られたって?」
斎藤が悔しそうに顔を背けた。その仕草はすこぶる珍しくて、なつめが連れ去られたという言葉が本当なのだと思い知らされる。
「あいつがそんな簡単に連れ去られるわけねーだろ、」
だがたとえ本当であっても、信じたくない気持ちが、それを認めない。
斎藤に詰め寄るのは違うということはわかっているのに、この感情の行き先がそこしか見つからない。
「……刀で腹を2度貫かれ、右肩にも深い傷を負っていた」
なんでそうなるんだよ。
俺ならあいつに怪我をさせない。あいつが怪我をするくらいなら、連れ去られて嫌な思いをするくらいなら。俺が代わりに怪我をするし連れ去られるし、殺されてやる。
「左之、やめろよ。……斎藤だって、なつめちゃんに怪我をさせたかったわけじゃない」
気づけば、新八が俺と斎藤の仲を仲裁していて、俺は斎藤の胸倉をつかんでいた。
そして斎藤はそれを、甘んじて受け入れていた。
「すまない」
ただ一言、斎藤が言葉を紡いだ。
もともと寡黙なヤツだったが、この日もそれ以上は何も言わない。
「それに、なつめちゃんは守られるだけの子じゃねーだろ。斎藤は、なつめちゃんを一戦力として認めて、戦ったんだ。あの子は、それだけの強さがある」
ああそうだ。なつめは強いし頼りになるし、よくできた部下だ。
だから、守ってやりたいという気持ちと頼ってしまう気持ちの折り合いをつけるのが難しかった。
なつめは俺の守りたい存在なのに、あいつはそれを良しとしない。俺の手の届くところに、俺の守れる中に、とどまってはくれない。
「だから、きっとまだ生きてる。助けを必要としてる。こんなことしてる場合じゃねーだろ」
斎藤の胸倉をつかんだままだった手を、ようやく放す。
途端にすっと周りの音が聞こえてくる。だいぶ動揺していたようだ。
「……すまねーな、問い詰めるような真似して」
「いや。俺もなつめを助けられなかった。すまない」
「……なつめだって、武士として任務に就いたんだ。それを守ってやるとか、守れなかったとかってのは、違うよな。私情を持ち込んだのはこっちだ。すまなかった」
素直に謝ると、「左之はすぐ手が出るからな、」と新八が茶々を入れてくる。
「仲間として、の話だ。仲間がさらわれるのを、みすみす取り逃がした。それについて詫びたまでだ」
斎藤らしい言葉に、少しだけ笑う余裕ができたところに。
「ま、左之は仲間としてって気持ちじゃねーみてーだけどな。なつめちゃんの為なら左之が代わりに怪我もするし、連れ去られるし、殺されてやるんだろ」
新八がニヤニヤとこちらを見て言い放った言葉に、ぎくりとする。
言葉にしたつもりはないが、新八に俺の思考を察する能力はないはずだから、口に出してしまったのだろう。
なつめへの気持ちを隠すつもりはなかったが、話すつもりもなかった。俺の心が定まるまでは。
だが話しちまったならしょうがない。
「なつめを探しに行く。手伝ってくれるか?」
斎藤と新八とともに、闇夜に繰り出した。
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