断じて行えば鬼神も之を避く | ナノ
36昼想夜夢



俺が口説いているのがお前だと、自覚してくれたら今はそれで十分だ。

左之さんの声が、言葉が、優しい顔が、頭から離れない。
朝から晩まで、先日の左之さんとの会話を思い出しては、それを忘れるように頭から振り払い、また思い出し、振り払い……を繰り返している。あれから数日たっている。

幸いなことに、三浦休太郎の警護の任務に駆り出されているため、巡察の方はお休みできており、左之さんと仕事が一緒になることはない。
こんな状態で巡察となれば、変に意識してそれどころではない気がする。


トントントン、と規則正しく野菜を切る。
今日は一人きりで炊事当番だ。考え事をするにはうってつけである。


左之さんは私を口説いていると言った。
確かに、振り返ってみると、口説かれていたような気もしなくもない。

例えば、重いものを持つ時には、いつの間にか、当たり前のように左之さんがそばにいて、持ってくれていた。炊事当番の買い出しとかまさに。
でもそれは千鶴ちゃんの時もそうだったから、女に優しい左之さん、の方かもしれない。

例えば、私が落ち込んでいるときや逆に何かに成功したとき。
左之さんの大きな手が、頭を優しく撫でるのが毎度のこととなっていた。あの仕草はとても好きだ、上司として。
あれ、これも比較的誰にでもやっているなあ。じゃあ、兄貴分な左之さん、ってことになるか。


味噌汁用の野菜を切り終え、鍋の中へ放り込む。
ご飯は炊き終わっているし、味噌汁さえできれば、あとは盛り付けるだけだ。
鍋をかき回しながら、思考は先ほどの続きに戻っていく。


じゃあ口説くとか好きとはなんだ。
さらに振り返ると、ようやく出てきたそれらしき記憶。

カステラを食べに行った時だった。
結局のところ、左之さんは本当に何の理由もなく誘ってくれたのだが、あれこそ口説かれている最中だったのではないか。

甘味堂へ行く前に、浪士に絡まれていたところ、助けてくれた後に、「今日は綺麗な恰好してるからな」とか言っていた。もしかすると、私が女装をしていたからあえてあの日に、甘味堂へ連れて行ってくれたのかな、なんて考えすぎか。

まあでも。あの日の左之さんは、とても―――優しい顔をしていた。
それまで任務中に見ていた顔とは違う、少しはにかんだような、優しい顔。
あの時は、左之さんが口説いている最中の、好いている女性がいると知り、その人への感情なのだと思っていた。

その感情が私に向けられていたのだと思うと、なんだか照れくさい。
でも嫌な気はしなくて、むしろ誇らしい気持ちだった。
そして、鬼である私を、人間ではない私を受け入れてくれる左之さんに、感謝の念が堪えない。


それでは、私は左之さんのことをどう思っているのだろう。


頼れる存在。
左之さんの背中を守るということはつまり、私も左之さんに背中を守られているということで。戦闘に置いて、とても頼れる存在だ。

相談したら、親身になって話を聞いてくれる。
そもそもこちらから相談しなくたって、気づいたら悩みを察知してくれて、自然と話を聞きだしてくれている。私の心の拠り所となる所以である。

好きな人?
そりゃあ左之さんは好きだけど、左之さんが言う「好き」と同じ意味なのかな?

「おい、なつめ」
『わっ、』

不意に声がして、驚いた拍子に、熱せられている鍋を触ってしまう。

『っ、』

慌てて手を離すが、手遅れだったようで指が赤くなってしまった。少しヒリヒリする。

「大丈夫か!?」

声の主は左之さんだったようで、指の痛みと気まずさから、その場に固まる。
それを意に介した風もなく、私の指を水につけた。
ヒリヒリしていた指が、冷やされて心地よい。

「驚かしちまったな、」
『左之さん、』

ようやく我に返り、左之さんの手が触れていることを意識して慌てるが、「落ち着け」と一蹴された。

「治った、か」

そこは鬼の血を引くせいか、火傷もすぐに治る。便利な体である。
治ったことを確認して、ようやく左之さんから手が解放された。
ちょっと名残惜しい。なんて思っている自分に驚く。

『あ、えーと、ありがと』

なんとかそれだけ伝えると、左之さんがおかしそうに笑う。
「お前、わかりやすくてかわいいな」

いつもならからかわれていると流すのだが、変に意識してさらに照れてしまう。
もうどうすればいいのかわからない。
恋愛なんて、生まれてからこの方したことがなかった。

ひとまず、かわいいとか言っているのは聞かなったことにして、目の前の味噌汁に視線を移す。いつの間にかグツグツしていたようで、もうすっかり作り終えている。なんなら水が飛んで、しょっぱいかもしれない。

『うわ、味噌汁失敗かも』

混ぜながらつぶやくと、どれどれ、と左之さんが私の後ろから鍋を覗き込んだ。
私の反応を楽しむように、わざと私のすぐ後ろに立っていることはバレバレだ。

『左之さん、わざとくっつかないで!』

文句を垂れると、また笑うその人。

「なつめの反応があんまりおもしろいもんで。ついからかいたくなっちまった」
『意地悪。私で遊ばないでよ』

そんな調子でグダグダと食事を準備していたところ。

「なーに部下を口説いてんだ、左之!」

第三者の声がする。
いつからそこに突っ立っていたのか、どこか不機嫌な様子の新八さん。

「一体いつになったら飯が食えるんだ?」
『新八さん、』
「ったく、おめーは飯のことばっかりだな」

どうやらお腹を空かせて、待ちきれなくなって呼びに来たらしい。

「おめーが様子を見てくるって言うから高鳴る腹を我慢させてたってのによ。待たせた挙句、なつめちゃんを口説いているとは」
「悪い悪い」

特に悪びれた様子もなかったが、新八さんは言うほど怒っていなかったようで、その後は3人でご飯をよそった。





結局のところ、左之さんと一緒にいるのは楽しい。
もちろん、他のみんなといるのも楽しいけど、左之さんより楽しい人はいない。

もし左之さんがいなくなったら……悲しいと思う、とても。
仮に、左之さんと離れ離れになるとしたら。

送り出せるとは思うけど、毎日に張りがなくなってしまいそうで、それはいつかの私と重なる。生きる理由を見つけられなかった頃の私。

だから、左之さんのことを好きかどうかはまだわからないけど。
左之さんと一緒にいたいと思う。だからもう少し、左之さんの言葉に甘えて、左之さんに口説かれてみようかな、なんて。






prev/next
back


×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -