断じて行えば鬼神も之を避く | ナノ
33土方さんのお墨付き



武田観柳斎を暗殺する。
土方さんの指示で、俺と新八、なつめが駆り出されていた。

武田さんと言えば、うまく新選組から脱退していたはずだった。
どんな話があったのかはわからないが、脱退は切腹という局中法度が適用されなかったのだから、何か策略があったのだろう。
しかし、最近、その武田さんが倒幕派に加担しているという。

佐幕派である新選組から、倒幕派の隊士を出したとなれば、会津藩にも申し訳が立たない。
一度は穏便な脱退を許したが、今こうして武田さん暗殺を行っているというわけだ。

俺と新八で、偶然を装い武田さんと同じ居酒屋に入る。
山崎の調べで、今日は一人でいるということがわかっており、人気のない路地へ誘い出す狙いだ。

武田さんの周りの倒幕派を片付けるには、今新選組の戦力では厳しい。
今回は人知れず暗殺することを目的としていた。

その暗殺を担うのはなつめの役割だった。
暗殺なら斎藤かなつめらしい。
土方さんのお墨付きだったのだが、なつめが暗殺をする姿を俺はまだ見たことがなかった。普段一緒に巡察に出る際には、暗殺等と言わずむしろ浅葱色の羽織でとても目立つ。

そんなことを考えながら、目的の路地までたどり着いたと同時に。

まるで空から舞い降りてきたように、ふわりと武田さんの後ろになつめが現れて。
持っていた短刀を首に押し当て、そのまま流れるように首元を斬り、途端に大量の血が吹き出した。

計画の概要を知っている俺たちですら、一瞬何が起きているのか状況が把握できないほどには、静か且つ滑らかにことが進んでいる。
武田さんも、自分の首元を抑え、斬られたと自覚したところで、今度は心の臓を貫かれた。

ドサリと音がして、武田さんがその場に崩れ落ちている。
なつめは、涼しい顔で短刀を鞘に納めていた。

「……見惚れるような手際の良さだな」

新八の発言に頷く。

正直、ここまでとは思っていなかった。
音も殺気もなくただ任務を遂行する洗練された動きに、躊躇なく刀を振るえる精神の強さ。
人を殺すという残酷な行為のはずなのに、どこか美しささえ感じた。
土方さんのお墨付きの理由がよくわかる。

『ちょっと、暗殺の意味わかってる? 早く戻ろう』

なつめに小突かれてはっとする。しばらく呆けていたようだった。

人目のない道を選んで、なつめが先導して歩いた。なつめは夜目が利く。
暗殺を終えるまではまったく存在感がなかったのだが、今は先導しているせいか、しっかり姿を捉えられる。

いつもはそこまで気にならないのだが、前を歩くなつめの姿がやけに細身に感じられて、今日は袴をはいていないからか、等と考える。
いつもは袴姿なのだが、今日は暗殺ということもあってか、動きやすそうなさっぱりとした服装だ。

何事もなく屯所に着くと、入り口には腕を組んだ鬼の副長こと土方さんの姿があった。

『問題なく終えたよ』
「そうか。ご苦労だったな」
『ほかの隊士に会う前に着替えてくる』

そう言い残して自室へと戻っていくなつめを横目に見ながら、新八が口を開く。

「それにしても、なつめちゃん、あんなに静かに戦えるんだな」

これから相手を殺すって時に、殺気を隠すことは難しい。
あれほどまでに完璧な暗殺は技量のいることだ。
新選組での稽古ではあんな戦い方は修練しないし、試衛館にさかのぼってもやってこなかった。

「……鬼の故郷で、だろうな」
「そうだな、」

なつめは、試衛館に来た時から剣術に心得があるようだったし、刀、弓、槍とどんな武器でも一通りは扱えた。
今回の暗殺術も含めて、試衛館に来る前に学んだのだろう。

鬼の血を引く出自であることや家族や一族が滅ぼされたということは聞いているが、それ以外のことはやはり話したがらない。

ただ、小さな頃から戦闘訓練を受けていたのだろうな、と想像はできた。
どれほど幼い頃から訓練を受けて、何のために強くあらねばいけなかったのか。
そこに、なつめを紐解く何かがあるのではないか、と考えてしまう。

「続きは中で話そう」

遠くから隊士の近づく音が聞こえたせいだろう。土方さんが踵を返す。
俺と新八もそれに続いた。





土方さんの部屋に入ると、山南さんが待っていた。

「山南さん、珍しいな」
「ええ。土方君に話がありましてね、」

大事な話なら席をはずそうかと土方さんを見たが、何も指示はない。
ここにいろということなのだろう。
山南さんも特に支障はなかったのか、話を続ける。

「羅刹隊の強化を図ろうと思いまして」

その一言に、嫌な予感を覚える。

「土方君は、変若水が何で作られているか、考えたことはありませんか?」

黙り込んでいる土方さんは、その答えを知っているのか、またはあたりを付けているのか。

「私は、あれは人以外の何かの血だと考えています」
「血!?」

俺や新八が驚いたところに、山南さんはいつもと同じ、優しい―――今となっては、少し不気味な―――笑みを浮かべる。
背筋がぞくりとした。

「私たちは、理性を保っていられると言っても、吸血衝動がないわけではありません。それに、昼の活動も制限される。……彼女たちの、鬼の血を加えることで、変若水の強化ができると考えています」

つまり、なつめか千鶴か、またはどちらともの血を使って羅刹を強化させたいと言っている。

「山南さん、正気か?」
問えば、穏やかな口調で「ええ、正気です」と。
難しい顔で押し黙っている土方さんの返事を待たず、さらに山南さんが続ける。

「今や、新選組の隊士不足は大きな問題となっています。我々羅刹隊の強化ができれば、この問題を解決できます。もちろん、彼女たちからは負担にならないように、―――」
「山南さん」

熱弁を続ける山南さんを、土方さんの悲しそうな声が制止させる。

「……羅刹隊の強化は許可できない」

静かに告げられた言葉には、様々な感情が込められていたように思う。
そんなことを言い出した山南さんに対する悲しみ、動揺、あきらめ、苦しみ。
そしてなつめや千鶴に対する心配もあるだろうか。

「なぜです? 土方君ともあろうものが、理解できないなんて、」
「あいつらだって、物じゃねーんだ」

思わず口を挟むが、山南さんがひるむ様子はまったくない。

「では、彼女たちが協力すると言ってくれればいいのですね?」

今にも部屋を飛び出しそうな山南さんを、もう一度土方さんが呼び止める。
「羅刹隊の強化は認めない。あいつらに、協力を要請するようなこともやめてくれ」

強い口調と睨むような鋭い眼光に、ようやく山南さんも口を閉じた。
ため息とともに部屋を出て行き、しばらくの静寂が訪れる。

変若水はきな臭い薬だと思っていたが、やはり変若水は暗い内容しかもたらさないのだな、としみじみと感じる。
なつめが部屋へ到着するまで、それぞれが何かを考え、誰も何も発さなかった。





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